本研究では、超音波を用いた胎児の視覚化をクレイリーの「知覚の制度化」とサールの「志向性」の二つの概念に基づき体系的に理解することを目指してきた。そのためにまず、胎児の視覚化技術の発展を示す日本語の資料の網羅的収集を行ってきた。具体的には、超音波画像診断機の初期から現在に至るまでの広報資料を収集した他、胎児への視覚を制度化した産科学における胎児表象の変遷を示す資料を、収集してきた。ただ、超音波画像診断機の開発は、日本の企業が先人を切っていたものの、最初の胎児の視覚化技術については、英国グラスゴー大学が中心となったと伝えられているため、英国において資料を収集する必要がある。これについては新型コロナウイルスの感染拡大によって一度断念した後、果たせずにいる。一方、当初、分析の基礎とすることを目指していた概念については、「志向性」概念における社会的文脈の位置付けを明確する必要があると考えている。胎児への志向性が技術や言葉だけでなく社会的関心との連関によっても導かれることは、たとえばボルタンスキーが示した中絶をめぐる議論における「胎児の条件」の可変性にも表れている。類似する議論は、社会認識論においてもなされているが、本研究では「対象への関心」が社会的に導かれることを明示することを目指している。社会認識論を意識した議論を展開するにあたり、社会認識論が参照したフェミニズムやジェンダー論の議論を、本論でも参照することは意義があると考えている。
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