研究課題/領域番号 |
22K00394
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
松宮 園子 関西学院大学, 社会学部, 教授 (30368550)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | アガサ・クリスティ / 英米文学 |
研究実績の概要 |
本研究は、拡大を続ける戦間期研究の中でも特に21世紀に入り発展が著しいミドルブラウ文化研究の一環として、1920年代から70年代の長きに亘り活躍した「ミステリの女王」アガサ・クリスティが描く「悪」の諸相の変遷を、ファシズムの台頭、ホロコーストの衝撃、同時代におけるマスメディアによる犯罪表象の氾濫と関連づけながら辿るものである。ハンナ・アーレントの「凡庸な悪」の概念を巡る議論を補助線に、一般社会に生きる「平凡な」市民が犯す悪というテーマに所謂「ハイブラウ」なテクストとは異なる種々のアプローチでクリスティが取り組んだ長大な軌跡を精査することで、従来フェミニズム的視点に偏ってきたクリスティ再評価の新たな深化となることを目標としている。 2022年度は、1920年のデビュー作に始まる戦間期の作品群に取り組み、第一次大戦の傷を癒す働きを担ったミステリ・ジャンルという定説と相反する多様かつ流動的な「悪」の諸相を精査するため、『ABC殺人事件』(1936)及び『そして誰もいなくなった』(1939)というクリスティの代表作について、そのアダプテーションを含め詳細な検証を行った。この成果をまとめた論文は現在発表の準備段階にある。更に本研究全般と関わるハンナ・アーレントが残した多岐に亘る論考について知識を深め、特に「個人」の概念に関する彼女の議論を検証する一環として、ホロコースト、『アンネの日記』とカズオ・イシグロの小説を関連づけた雑誌論文一編を発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2022年度の研究として当初計画したとおり、ミステリ・ジャンルの「黄金期」と呼ばれる戦間期のクリスティ作品について詳細に考察することができたものの、まだ論文発表には至らず、当該テーマ関連の日本語論文一編の発表という実績に留まった点から、やや遅れていると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の意義は、これまでのクリスティ研究が時代、ジェンダー、倫理の面で限定的な視点に留まっている中、2つの大戦及びマスメディアによる多様化する犯罪表象の影響を精査しながら、クリスティが長大なキャリアにおいて描き出した20世紀の悪の諸相を分析し、それが同時代の悪を巡る諸議論と如何に連関しているのかを考察することで、こうした批評的空白を補う点にある。第二次世界大戦とその後の社会、さらに現代に至るアダプテーション作品を精査することで、クリスティ研究の深化を図ると共に、クリスティと密接に結びつけられてきたミドルブラウ文化全体が果たした当時の社会における倫理的意義の再検証に繋げていく。 2022年度の成果を踏まえ、今後は第二次世界大戦を色濃く反映した作品群に注目し、ナチス・ドイツという言わば分かりやすい巨悪に立ち向かう英国社会という表面的構図の中で、クリスティが国内に偏在する「内側の悪」を如何に表象し、善悪の二項対立を如何に不安定化しているかを検証する。更に引き続き、アーレントの「個人」そして「悪」の概念との連関を探りながら、クリスティが人間の「個」を如何に捉えているのか、という点についても考察を深めていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症の影響が継続する中、当初予定していた学会出張などが実行できなかったこと、また当初予定よりも書籍及び視聴覚資料費用が安価に抑えられたことが挙げられる。 2023年度は旅費の使用も増え、また新たな分野の資料購入も予定されていることから、使用計画には問題はないと思われる。
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