研究課題/領域番号 |
22K00437
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研究機関 | 愛知大学 |
研究代表者 |
石井 麻璃絵 愛知大学, 経営学部, 助教 (90832022)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | モビリティー / モダニティー / アイデンティティー / 空間 / ジェンダー / ヘテロトピア |
研究実績の概要 |
愛知大学語学教育研究室紀要『言語と文化』第46号(pp. 27-42)において、“Margaret Hale as a Walker”のタイトルで論文を投稿した。本論は、エリザベス・ギャスケルの『北と南』(1854)におけるヒロインの歩く行為に注目し、19世紀イギリスにおいて制約の多かった女性が歩行を通して自身の精神と肉体に向き合い、変化の激しい近代化のなかで自身の階級、ジェンダーのアイデンティティーを模索する様子を考察したものである。本研究は、社会学者アンリ・ルフェーブルの「空間とは社会的な産物である」という基本洞察から影響を受けた、地理学者ティム・クレスウェルによる「移動論」に基づく。彼は移動性を社会的に生産された動きと見なし、「移動性とは近代とは何であるか」の中心に位置すると指摘する。道路や交通網の改良が進み、列車や馬車での移動が発展する一方、シャーロット・マスィ―ソンが言及するように歩行は当時の女性の最も基本的な移動(mobility)の形態として重要である。『北と南』のヒロイン、マーガレット・ヘイルは徒歩愛好者として登場するが、彼女の歩く範囲は牧師の娘としての慈善活動の範疇を超え、やがて移り住む産業都市ミルトンにおいては新興中産階級と労働者階級双方の間で歩行を通して人間関係を築くことで、プライベートとパブリックの領域の区分、階級差による壁を崩す。こうした、マーガレットの当時の社会規範から逸脱した歩きは近代化における人の移動と空間の関係の多様化を示す。19世紀イギリス社会を写実的に描いたギャスケルの作品『北と南』において、モバイルなヒロインの移動性を近代化とからめて考察したことは、今後、同時代の作家と比較するうえでたいへん意義のあることである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、19世紀ヴィクトリア朝文学における女性の「移動性(mobility)」とアイデンティティーを含む「空間」の関係を探求することである。本年(2022年度)は申請者の研究において主軸なテキスト(一次資料)となるエリザベス・ギャスケルの『北と南』に描かれる女性の徒歩による移動と空間、近代化の関係を探ることで、本研究で取り上げる予定である19世紀の代表的な作家たち(シャーロット・ブロンテ、チャールズ・ディケンズ、ウィルキー・コリンズ、ジョージ・エリオット)の作品におけるギャスケルの立ち位置を確認することができた。本研究におけるギャスケルの作品の重要性を改めて認識し、『妻たちと娘たち』(1864-1866)や『クランフォード』(1851-1853)を含む彼女の作品の考察が必要であると認識した。また、本年はシャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』と『ヴィレット』、ギャスケルの『北と南』を題材に、女性のアイデンティティーと空間、移動性、近代化の関係を探る博士論文を執筆中である。女性の徒歩での旅のみならず、汽車や馬車による移動の考察を加えることで、時間軸と空間軸の点でより複雑化、多様化した移動性が、いかに文学作品のなかで表象されているか探究することができると考える。
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今後の研究の推進方策 |
研究の2年目は1年目に引き続き、本研究の主軸のテキストであるシャーロット・ブロンテとエリザベス・ギャスケルの作品の考察を進める。そのため、日本ブロンテ協会と日本ヴィクトリア朝文化研究学会への投稿を準備している。ブロンテの『ジェイン・エア』と『ヴィレット』、ギャスケルの『北と南』の比較を行い、ヒロインたちの移動性がいかに近代化と関わっていくのかを考察する。このヒロインの移動性をテーマに博士論文の執筆も進める。また、日本ブロンテ協会第38回大会(10月予定)のシンポジウムにおいて、シャーロット・ブロンテの『シャーリー』に描かれる社会規範から逸脱した女性の歩きについて発表する予定である。さらに、3年目の研究に備え、ギャスケルの『妻たちと娘たち』と『クランフォード』、ウィルキー・コリンズの『ノー・ネーム』をティム・クレスウェルの移動性理論に基づいて考察する。
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次年度使用額が生じた理由 |
19世紀イギリス小説における女性の移動性と空間を研究するためには、それに関連する研究書および時代背景に関する専門書が必要である。研究1年目に引き続き、2年目は「空間」論と「移動性」論に関する書物を海外から取り寄せる。また、シャーロット・ブロンテ、エリザベス・ギャスケルを中心に、研究対象である作家の作品に関する批評と専門書を購入する。さらに、研究論文の執筆、資料の整理のために必要な文房具(プリンター用紙とインク、USBなど)を購入する。さらに、寄稿する論文の英語校閲のため、英文校閲を業者に委託する。
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