研究課題/領域番号 |
22K00473
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
山本 浩司 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (80267442)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | ドイツ文学 / 比較文学 / ラーゲリ / グラーグ / パスティオール / ビーネク / メンシング / ルーゲ |
研究実績の概要 |
2022年度は8月、11月、3月と海外出張を果たせ、ベルリン、ドレースデン、ウィーン、マールバッハ、ハノーファー、ハンブルクを拠点として、資料館、図書館、文書館などでグラーグ文学関係の一次・二次資料の収集に努めた。今年度重点を置いた体験をベースにした第一世代のグラーグ文学に関しては、オスカー・パスティオールとホルスト・ビーネクの遺稿をそれぞれマールバッハ文学資料館とハノーファー・ニーダーザクセン州立図書館特別室で集中的に調査した。遺稿と照らし合わせることで、彼らが最晩年までつづけた沈黙の意味を考察することができた。 一方、ウィーンやベルリンの国立図書館と抵抗運動資料館などを巡ることで、グラーグを生き延びた囚人たちの体験記とグラーグに関する史料や研究文献を収集することができた。特に、第二第三世代のグラーグ文学の代表格オイゲン・ルーゲが小説でモデルとした実父、すなわち東独の著名歴史学者ヴォルフガング・ルーゲ関係の資料をいくつか発見できたのが収穫だった。これを手がかりにしてドイツ共産党員もしくはシンパが流刑にもかかわらず、党への忠誠を失わなかった謎が検討すべき問題として浮上し、革命史、共産党史をおさらいする必要が生じてきた。この問題は、第二第三世代のシュテフェン・メンシングのグラーグ文学を考える上でも大きな手がかりとなる。 他方で、ギンズブルクらロシア人によるグラーグ体験記も参照しつつ、特に女性囚人に焦点を当てたエレオノーラ・フンメルやヘザー・モリスら第二第三世代創作に集中的に取り組み、ソルジェニーツィンら男性目線とは違う収容所文学の系譜について一定の見通しを獲得できた。 具体的な研究業績としては、オスカー・パスティオールが自身のグラーグ体験を極めて暗示的な形で連作詩の中に織り込んで沈黙を破った最晩年の詩集を論じたドイツ語論文をドイツで出版された論集に発表したことが挙げられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は3年計画の初年度であり、基礎資料を収集して、グラーグという歴史現象の全体像の把握につとめ、研究プロジェクトの土台を固めることが第一の目標だった。年度内に4回ドイツ語圏に出張して各地で資料を収集できたので、この目標は達成できたということができる。ただし、収集した資料の精査にはまだ時間がかかるため、「おおむね順調に進展している」という自己点検評価を下す結果となった。 もう一つの目標である第一世代の体験文学との取り組みについては、パスティオールとビーネクに重点を置くという当初計画通りに研究は進捗した。パスティオールについてドイツ語論文という形で現時点での成果を世に問うことができた。もう一人のビーネクについても、国内で入手できない絶版資料をドイツ語圏の図書館、特にハノーファーのニーダーザクセン州立図書館でスキャンしたり、古書サイトで購入したりでき、一次文献と二次文献の精読に取りかかることができた。その研究成果をアウトプットするために、2023年年10月ブルガリア、ソフィア大学設立100周年記念国際学会にて発表することが主催者による査読の結果決定している。 また本プロジェクトの全体構想に関わる研究発表は2022年秋にトリア大学主催の日独台国際学会(オンライン)で口頭発表し、それを受けたディスカッションで、方向性に大きな誤りがないことが確認できた。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度は21世紀の同時代文学におけるグラーグの記憶の伝承に重点を置く。22年度の第一世代の文学について成果を踏まえつつ、1)共産党員もしくは共産党シンパのグラーグ体験、2)女性や子供の体験したグラーグ体験、3)収容所の欠乏したモノがグラーグ文学の中で果たす詩的機能の三点に焦点をおいてシュテフェン・メンシングやエレオノーラ・フンメルの小説について考察を進める。その際、メンシングが戦後文学のペーター・ヴァイス『抵抗の美学』を意識して書いたように、21世紀の歴史記述的な文学作品の特性を明確化するためには、単に狭くグラーグ文学の枠組みだけで考えていてはならず、戦後文学における歴史との取り組みのやり方も意識しなければならない。またメンシングやフンメルの文学史的位置づけを考えるためには、グラーグをテーマとしない作品にも目配りして、作家の歴史観や文学観への洞察を深める必要もある。そうやって初めて89年以降の大きな文学史の地殻変動の中に彼らを位置づけることができる。これらの課題を達成するために、2023年度も引き続き海外での資料調査を中心として研究を推進していく所存である。
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次年度使用額が生じた理由 |
予算に計上していた人件費が2022年度については学内の別研究費から賄えたために次年度使用額が生じた。次年度への繰越金は円安とヨーロッパのインフレで想定を大きく上回って高騰する海外渡航費に充当する計画である。
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