研究課題/領域番号 |
22K00474
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
谷 昌親 早稲田大学, 法学学術院, 教授 (90197517)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | モダニズム / シュルレアリスム / イメージ論 / フランス現代思想 |
研究実績の概要 |
2023年度は、一冊の本にまとめるために以前からおこなっていたフィリップ・スーポーの小説3篇『パリの最後の夜』『オラス・ピルエルの旅』『ニック・カーターの死』の翻訳がようやく校正刷りとなったため、校正作業を進めつつ翻訳を見直した。特に『パリの最後の夜』については、自動記述的な方法で書かているため、そうした特徴を活かしつつ日本語の文章として成り立たせるべく、翻訳の文章を詳細に検討し、修正を加えた。また、スーポーおよび今回翻訳した3編の小説について長文の解説を執筆した。ブルトンと『磁場』を執筆してシュルレアリスムの基礎を築いたにもかかわらず、シュルレアリスムのグループから排除されたスーポーに注目することで、一般にはブルトンの視点から見られることの多いシュルレアリスムに別の角度から光を当てることができたと考えている。また、翻訳した3篇の小説は、それぞれスーポーならではの味わいのものになっているのを確認したが、特に『パリの最後の夜』については、同年に刊行されたブルトンの『ナジャ』と比較分析をおこない、スーポー独自のシュルレアリスムのあり方を浮き彫りにしたが、それはスーポーにおける〈クラッシュ〉と〈プレザンス〉の表われとも言えるだろう。 一方、その〈クラッシュ〉と〈プレザンス〉の現代思想における展開と見なせるのがジル・ドゥルーズの提唱する〈ノマド〉の概念である。ドゥルーズが、フェリックス・ガタリとの共著である『千のプラトー』で、国家装置に対立する〈戦争機械〉なるものをノマドつまり遊牧民が発明したと述べているの受けて、その〈戦争機械〉を戦争映画との関係で論じ、映画における〈脱中心化〉を論じた「他者へ開かれた空間を求めて――戦争映画論序説」を執筆した。 文学、映画、思想、こうした多方面から考察を試みることで、〈クラッシュ〉と〈プレザンス〉の輪郭がより明確になるのではないかと考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
中篇『オラス・ピルエルの旅』と短篇『ニック・カーターの死』も収録したうえで、フィリップ・スーポーの長篇『パリの最後の夜』の翻訳をなんとか2023年度中に出版したいと考えていたが、出版社の事情もあって2024年度にずれ込んでしまった。しかし、2024年はブルトンの「シュルレアリスム宣言」が発表されてから100年目となるので、この機会に、このスーポーの翻訳も含めて、シュルレアリスムをさまざまな角度から見直すシンポジウムを開く予定であり、それを契機にスーポーについての新たな論文の執筆につなげていきたい。 シュルレアリスムとポストコロニアリズムの関係を探る一連の論文を一冊にまとめる作業も遅れているが、論文の点数はかなり揃ってきているので、このテーマでまとめる場合に足りないものを洗い出していく必要がありそうだ。アラゴン、レリス、アルトー、ブルトン、マッソン、そしてマックス・エルンストについて論じてきたので、 あとは亡命先のメキシコで先住民族の民話や神話を採集したバンジャマン・ペレについての論考があってもいいのではないかと考えている。 一方、一昨年の論文「ミシェル・フーコーの分身」に続き、2023年度は、ドゥルーズの〈ノマド〉という概念について、戦争映画との関係で考察する論文「他者へ開かれた空間を求めて」を執筆した。フーコーのみならず、ドゥルーズも扱うことで、フーコーが考えていた〈外〉のあり方がより明確になってきたと思われる。本研究の根本にある〈脱中心化〉についての考察を深めていくためにも、こうした現代思想の側面からのアプローチが求められる。 2023年度も、他の研究対象やスーポーの翻訳に時間をとられて、ミシェル・レリスやレーモン・ルーセルについての研究はあまりおこなうことができなかった。この点を今後改善していく必要があるだろう。
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今後の研究の推進方策 |
まずは、刊行が遅れているフィリップ・スーポーの翻訳を今年(2024年)の秋までに刊行したい。すでに翻訳部分の校正刷りには一度ならず目を通してあり、あとは長文の解説の原稿を再確認してなるべく早く校正刷りにすることで、刊行は可能であると考えている。さらに、その翻訳刊行ともからめて、今年がブルトンの「シュルレアリスム宣言」100周年となるのを機に、シュルレアリスムを多角的に検討するシンポジウムを開き、そこでもスーポーについて新たに考察する予定であり、その発表を論文にしていければとも考えている。 シュルレアリスムをポストコロニアリズムの観点から見直すことは、〈外〉に注目する本研究にとって重要な課題のひとつであり、一昨年のマックス・エルンスト論の執筆を契機として、もういちどこの問題そのものを新たに見つめ、不足しているテーマや論点などを洗い出したうえで、書籍化をめざしたい。まずは、メキシコの民話や神話を採集したバンジャマン・ペレについての論考を執筆する予定だが、場合によっては、マルチニック、ハイチ、あるいはそれ以外の地域の作家や画家の視点を導入することも考えたい。 ミシェル・フーコーの「外の思考」は、われわれに〈外〉への関心を抱かせた重要な文章であるが、そうしたフーコーの〈外の思考〉の系譜につらなると思われるジル・ドゥルーズの〈ノマド〉についての考察も重要になってくる。今回、戦争映画との関係で、〈ノマド〉のひとつの表われである〈戦争機械〉について考察する論文「他者へ開かれた空間を求めて」を執筆したが、今後は、フーコーやドゥルーズの思想と〈クラッシュ〉や〈プレザンス〉の関係を探っていきたい。 ルーセルの言語や描写のその時代における特殊性、スーポーとも比較することでより明確になると思われるレリスの〈外〉への視線、これらについても今後は研究していかねばならない。
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次年度使用額が生じた理由 |
資料収集、研究者との打ち合わせなどの目的で、海外出張を考えていたが、2023年度はさまざま理由で実現することができなかったため、飛行機代や円安の状況も考慮して、2024年度に使える額を増やしたいと考えた。また、パソコンなどの機器については、買い替えの時期が来ているため、そのためにも2024年度の予算を多めにしておく必要も感じていた。
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