研究課題/領域番号 |
22K00590
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研究機関 | 熊本県立大学 |
研究代表者 |
米谷 隆史 熊本県立大学, 文学部, 教授 (60273554)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 修験道文献 / 本地 / 地方暦 / 東北方言 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、岩手県洋野町立種市図書館が保管する同地周辺で修験道に携わった家系に伝来した文献群(以下、種市資料群と略記)を端緒に、南部藩領に伝存する近世修験道関係文献群について、その伝来の諸相と各々の文献が果たした役割を踏まえつつ、言語史の資料として活用していく道筋を示すことである。2023年度は主に次の3点の成果を得た。 ① 種市資料群の概要把握を概ね完了した。この調査にかかる主な知見には次の2点がある。/イ)各種の修験文献の中にあって伝存する最も古い版本は延宝~貞享年間頃刊行の『頭書増補節用集大全』であった。/ロ)共に寛政4(1792)年写の『疱瘡神本地』と『ホソウ八四カ神ノ五ホンジ』の翻字と校合作業を行った結果、両書が冒頭部より全体にわたって『越前南條郡湯尾峠御孫嫡子略縁起』を承けるものであることが明かとなった。 ② 岩手県立博物館所蔵の立石文庫に含まれる近世修験道文献の調査と撮影を行った。種市資料と同じく八戸藩領に属した久慈地域の文献が多く含まれている。語中のカ・タ行音の有声化を反映する濁点の付加、オ段長音の短呼形表記や撥音・促音の無表記等、種市資料群と同様の傾向が見える一方、『山神の本地』諸本は種市資料群内の本文と比較してごく簡略なものが多いことなどの相違も確認された。 ③ 会津若松市立会津図書館にて、近世初期から中期の会津暦の調査と撮影を行った。翻刻を進めた種市資料群に存する17世紀の写本暦と比較したところ、例えば明暦2(1656)年の場合、多くの点で一致する一方で、二十四節気(各月の「せつ」「中」、「小かん」)が、会津暦よりも一日(一月、三月他)乃至は二日(十月)遅い月がある、十二月の「土用」も会津暦より一日遅い、等の相違が確認された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
申請時には想定していなかった学内役職の担当が継続しており、調査出張の日程確保が困難な状況が続いている。このため、八戸市(市立博物館・市立図書館)、地方暦調査の一環である三島市における文献資料調査が実施できなかった。また、種市資料群の原所蔵者との連絡調整が完了しなかったという事情もあり、研究発表や論考の公刊をやや遅らせる結果となった。 一方、研究構想段階で収集していた資料の翻刻や会津暦との校合は順調に進んでおり、個々の文献に関する内容の理解にも進展があった。また、種市図書館の関係文献群の概要把握がほぼ完了し、比較対象となし得る立石文庫の修験道文献の概括的な調査も終えたことで、次年度以降の展望が明確になった。
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今後の研究の推進方策 |
① 2024年度及びそれ以降に、次の現地調査を計画している。/A 洋野町、八戸市(市立博物館・市立図書館)他、旧八戸藩領内の修験道関係資料の継続調査/B 種市資料群の比較対象となり得る盛岡南部藩領・仙台藩領北部、及び秋田県北部や山形県出羽三山地域における修験道関係資料の新規調査/C その他、三島市における三島暦研究状況の確認、福井県における『越前南條郡湯尾峠御孫嫡子略縁起』研究状況の確認、国立天文台三鷹図書室の暦関係資料の確認、国文学研究資料館等における文学・史学先行研究の確認、等のうち、研究の進捗に応じて重要度が高い地域や機関 ② 本文の翻刻と校合が進んだ『疱瘡神本地』と『ホソウ八四カ神ノ五ホンジ』、17世紀の写本暦、『庚申縁起』他について、原所蔵者や現保存機関との調整を行いつつ、研究発表や論文の公刊を通じて成果報告を進める。2023年度の成果に関わる点でいえば、『疱瘡神本地』と『ホソウ八四カ神ノ五ホンジ』にいずれも寛政4(1792)年の奥書が存する一方で、越前地域の『越前南條郡湯尾峠御孫嫡子略縁起』の本文成立が19世紀にまで下るとの見解も存することから、種市の両本に書写者として見える「文券坊(本地)」と「福満坊(五ホンジ)」による同時期の書写文献の有無等の確認を行いつつ、書写年代の確定を進めたい。また、17世紀の刊行書物として『頭書増補節用集大全』が唯一伝来することの意義も検討したい。さらに、完成した翻刻本文を用い、17世紀前半から18世紀末頃までの種市地域における修験道の文字社会の記述を進める。 ③ ②を踏まえ、立石文庫資料他の東北内近隣の修験道関係文献やタタリノフ『レキシコン』との比較を行いつつ、種市資料群の表記から音韻上の地域性をどこまで読み取ることができるのか分析を進める。 ④ ②を踏まえ、種市資料群内の近世修験道文献の目録作成作業を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用の大部分は旅費相当部分で、金額的には調査旅費1.5回分ほどである。申請時には想定していなかった学内役職の担当はなお継続しており、調査出張の日程確保が困難な状況も続いている。それにより、2023年度に遂行できなかったのは上記「今後の研究の推進方策」の①A・Cに相当する部分である。しかし、役職にかかる年間予定の把握が進み、かつ、2023年度後半頃からは小規模自治体においても感染症流行に伴う各種の制限がほとんど無くなったこと、また、調査先との関係構築も進んだことから、旅程の立案は研究開始当初より容易になってきており、実際、2022年度末段階と比較して2023年度末の次年度使用額は4割ほど減少した。年度当初から調査活動を計画的に進めることで、2024年度内に次年度使用はごく少額まで減少する予定である。
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