研究実績の概要 |
本年度は、まず新しい資料の発掘に努め、ハーバード・イェンチン(Harvard-Yenching)図書館所蔵本『新撰日韓會話』に関する考察を行った。『新撰日韓会話』(1904)の朝鮮語会話文は『新撰朝鮮会話』(1894)の仮名表記をハングルで復元したものである。 陸軍通訳の小泉貞造は『朝鮮語』(1894)に示された諺文表(仮名・ハングル対応表)に従って仮名をハングルに変換した。ハングルの復元文は、当時の実際の発音の現実をよく反映しており、本書の朝鮮語には口蓋音化と鼻音化を経た語形が多数収録されている。また、李範益による校正内容と原文とを比較・分析することによって、19世紀末から20世紀初にかけての日本語と朝鮮語の変遷を窺うことができる。 一方、明治期朝鮮資料の話し言葉における表記と、実際の発音との関係を調べるために、『交隣須知』の‘h@-’(注1)に関する仮名表記の変化を分析した。 2回にわたった改訂の末、‘h@-’は‘heo-’に替えれる傾向が強かった。その類型を分類すると、①無変化形(‘h@-’), ②交替形(‘h@->heo-’), ③既変化形(‘heo-’)の三つに分けられる。初刊本(1881)の‘h@-’は殆ど‘heo-’に改められたため、再刊本(1883)には全体例の83%が‘heo-’と表記される。この交替率は、19世紀以降に刊行された韓国国内文献での様相をはるかに超える結果となっている。 特に動詞の語幹のような語頭(word-initial, 25%)より、派生接尾辞のような語中(word-medial, 75%)でより頻繁に起きる。その結果、‘h@-’と表記された例は、相対的に語頭に多く残存することになる。このような『交隣須知』の表記変化が、19世紀の京畿方言の実際の発音を反映するなら、‘h@-’ における発音の変化は、最初は語中から始まり、その後に語頭まで拡大したと推定できる。
*(注1):母音部@はハングル文字「・」(アレア)を示し、このローマ字転写は福井玲式による。
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