研究課題/領域番号 |
22K00855
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研究機関 | お茶の水女子大学 |
研究代表者 |
湯川 文彦 お茶の水女子大学, 基幹研究院, 准教授 (00770299)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 明治維新 / 地方統治 / 地方学事 / 教育普及 |
研究実績の概要 |
本年度は、人民の明治維新の特質を解明するために、とくに地方学事をめぐる当事者たちの議論と活動を分析・考察した。また、これらを地方統治との関係で理解するため、政府官員たちの地方統治構想の実証研究も行った。研究の成果は以下の二点である。 第一に、地方学事をめぐる意見書や地方議会の議論を分析し、人々の課題認識を明らかにした。地方官・人民の間では、学制がその画一性を以て追求しようとした「公平性」に大きな期待が寄せられていた。しかし、現実社会を急に公平化するのは困難であり、人々の理解と協力を取り付けるためには、地方学事と旧慣との関係を築く必要があった。そのため、公平化をめざす改革事業が、公平ではない旧慣によって制約/下支えされる関係が模索された。また、地方議会の導入がすすむと、この新たに制度化された民意(代表意見)と地方学事との関係が問われた。民意は学事推進に欠かせないものであると同時に、多様な意見の衝突による混乱や学事への停滞を引き起こすものでもあった。以上の成果は、教育史学会第66回大会研究発表(9月)にて発表ののち、論文(湯川「明治前期における地方学事の模索と教育認識」『人文科学研究』第19号、2023年3月)にまとめた。 第二に、地方統治をめぐる政府官員の構想とその特性を明らかにした。湯川「明治維新と地方統治」(伊藤之雄編著『維新の政治変革と思想』ミネルヴァ書房、4月)では、二人の政府官員(井上毅・細川潤次郎)の統治構想を手がかりに、明治維新が地方・人民にもたらす混乱とその回避・抑制策を検討した。湯川「郡県と封建」(山口輝臣・福家崇洋編『思想史講義』明治篇Ⅰ、筑摩書房、10月)では、政府官員たちが明治維新の課題解決を図るために、中国古典に由来する郡県・封建論を展開するだけでなく、その議論に欧米の統治体制(三権分立体制・議会制導入など)を取り込んでいったことを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の計画で取り扱う予定だった地方学事史料および地方議会史料については、十分に調査・分析を行った上で、学会発表、論文の形で発表することができた。また、地方学事を枠づけていた地方統治のあり方についても、政府官員の視点から新たに研究を展開し、公刊書籍掲載の二本の論考にまとめることができた。これらの成果の意義については、以下の二点が挙げられる。 第一に、従来「上からの近代化」の象徴的事業とされてきた教育普及事業が、地方官・人民の多くの当事者によって議論され、その意義と実践的課題が十分に認められていたことがわかった。とくに旧慣と民意(地方議会)をめぐっては、一方的な肯定や否定ではなく、活用とそれによる課題がよく議論されていた。きっかけは「上から」の机上案であっても、その事業を自分たちの問題として理解し、議論する人々が増え、現実社会との関係のなかで多彩な議論が生み出されていたことは注目に値する。 第二に、「上から」改革を指導する立場にあった政府官員たちも、一方的・急進的な改革がもたらすリスクに自覚的であり、大規模な改革を望むからこそ、慎重なリスクマネージメントが不可欠と捉えていたことが明らかになった。旧来の儒学知を実践的に援用する一方で、広く欧米の事例を参照し、新たな統治体制への移行とリスクの低減を果たそうとしていた点も、明治維新の改革事業の特性を理解するうえで重要なポイントであると考えられる。 これらの成果は、人民の明治維新体験を、中央政策、地方行政、および人民の慣習・思想などを横断して理解するという本研究の目的に照らしてきわめて重要なものであり、本研究の今後の展開を下支えするに十分なものと考える。来年度の研究計画では、メディア史料を重点的に分析する予定だが、その分析・考察においても本年度の研究成果が欠かせないものになると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、新聞などのメディア史料を分析することにより、人民の教育普及事業をめぐる認識を具体的に明らかにし、その意義を考察する。 研究をすすめるにあたっては、本年度の研究成果をふまえ、教育普及事業と旧慣・民意との関係、地方統治のなかでの位置づけなどを念頭に置きながら、メディア上の多様な議論を分析することとする。とくに、改革が一方的な官製事業にとどまらず、人々が自らの問題として議論する対象となっていく様相を描き出すこととする。
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