研究課題/領域番号 |
22K00899
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
本多 博之 広島大学, 人間社会科学研究科(文), 教授 (30268669)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 厳島 / 毛利氏 / 銀 / 南京銭 / 大内氏 / 陶氏 / 大願寺 / 棚守家 |
研究実績の概要 |
令和4年度は、宮島町(広島県廿日市市)の厳島神社・大願寺での原本調査と、刊本史料のデータベース化の二つを基軸に、研究を進めた。新型コロナの感染拡大防止のため、山口県文書館と下関市立歴史博物館を除き、遠方の歴史資料保存機関への出張調査は自粛し、厳島神社および大願寺での原本調査も所蔵者のご都合を最優先し、閲覧・写真撮影を実施した。 また、研究課題が異なるため「研究協力者」ではないが、やはり同様に厳島関係資料の調査を進める県立広島大学宮島学センターの大知徳子講師と同大学秋山伸隆名誉教授とは、所蔵者の負担軽減を考慮して、一緒に調査を実施した。 さらに、刊本史料のデータベース化作業は、安芸厳島社関係資料である『広島県史 古代中世資料編Ⅱ(厳島文書1)』と『広島県史 古代中世資料編Ⅲ(厳島文書2)』の二冊の所収文書を編年化した史料ファイルを整備したほか、『萩藩閥閲録』や『毛利家文書』など『大日本古文書』収録の関係文書を加えて目録化したほか、古記録としては第一級の史料である有力社家・棚守房顕の手になる「房顕覚書」のデータベース化をおこなった。 その結果、『広島県史 古代中世資料編Ⅱ・Ⅲ』には収録されていない中世史料や、県史編纂時に近世史料として扱われていた史料群の中に紛れ込んでいたと思われる中世史料などの新出文書(正文・案文・写し)が確認できたので、令和5年度はその分析を進めていきたい。これらは刊本史料を補う重要な史料群であり、本研究でめざしている中近世移行期の安芸厳島社の社領経営や財政構造を解明するための重要資料と思われ、作成したデータベースを十分活用しながら、内容の分析を丁寧におこないたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
宮島現地での原本調査・写真撮影は、所蔵者のご都合に合わせたため定期的ではなかったものの実施し、ほぼ予定通り作業を進めることができた。コロナ対策のため東京方面の史料調査は断念したが、各種自治体誌所収文書のデータベース化は順調に進み、収集資料の分析を開始する研究環境は整った。ただ、備品として購入する予定であった図書の整備が遅れているので、今後進めていきたい。 研究内容としては、天文10年(1541)4・5月に相次いで滅亡した藤原姓神主家と安芸武田氏の支配領域のその後について検討を加えた。すなわち安芸国西部地域は、社家・内侍・供僧や大願寺に加増分として与えられたほか、財政逼迫のため中断していた厳島社の祭祀の再興に利用された点について改めて確認した。同年の安芸国内紛争の戦後処理の分析は、戦国期の社領状況を理解するための基礎作業となるため、関係資料を集めて検討した。 また、大内氏や毛利氏、あるいはその一族や家臣、そして国人領主らによって寄進された社領を確認・整理するとともに、安芸国佐西郡・佐東郡の社領も含め、年貢収納や下地管理の状況を具体的に分析することで、様々な社領に対する経営状況や財政構造の実態に迫ることができた。その際、社領における年貢収納などの実態に注目し、当時の厳島周辺で広く流通していた南京銭の流通状況と、銭から銀への使用貨幣の転換過程を追った。 本研究は、厳島社の社領経営や財政構造を分析することで厳島社を取り巻く市場構造や貨幣流通の実態に迫るもので、現状としてはおおむね順調に進展していると思われる。
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今後の研究の推進方策 |
厳島神社での調査をあと一回実施することにより、宮島現地での原本調査は終了する見込みなので、これまでに収集した資料の整理と分析の段階に入る。また、昨年度コロナ対策のため見合わせていた東京方面への出張調査を、本格的に開始して関係資料の収集に努める。 そして厳島門前町と廿日市間に見られた重層的な流通経済の拠点と、その後背地にあたる山間部の山林資源をめぐる郷村同士の相論史料を分析し、中世荘園が解体して近世「村」が成立する過程の社会経済情勢について具体的に明らかにしたい。すなわち、社領で発生したさまざまな相論を取り上げ、大名権力の領国支配の具体像に迫ることで、中近世移行期の物流や市場構造、貨幣流通も含めた流通経済、さらには地方宗教権門の社会的な役割と、地方大名の政治経済的な政策の実施状況についても明らかにできる。 加えて、中世社会の消滅と近世社会の幕開けを、門前町とその後背地について、地方宗教権門と地方大名権力の関係性の視点も交えて明らかにすることで、政治・経済両面において社会の構造的変化を知ることが可能である。 以上述べてきたように、戦国・豊臣期の厳島社の社領経営について検討し、単に経済上の問題だけでなく、いわゆる荘園制から町村制へ移行する過程、さらには領主厳島社や、相論裁定をおこなう公権力としての大名権力の判断(意識)についても考察したい。 ともかく、収集した古文書・古記録資料はその多くが『広島県史』未収録の中世~近世初期資料であり、所蔵者の方々のご厚意に応えるためにも、多角的な分析を心掛けたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度は、新型コロナウィルスが国内流行しての3年目で、春先から8月にかけて流行の波が見られ、当初予定していた東京大学史料編纂所をはじめとする東京方面や関西方面での出張調査は、感染拡大を防止する観点から遠方への出張を自粛する社会状況となり、また行楽地も国内外の観光客激減のため厳島(宮島)でも観光客が大幅に減少した。ただ、人出が少なくても、厳島神社や大願寺の年中行事が減るわけではなく、多忙な日々が続くので、所蔵者側のご都合に合わせて調査を実施した。また、学術図書の購入よりも収集した資料の整理やデータ分析を優先したため、予定していた図書や資料集・写真版資料などを購入する余裕がなかった。さらに勤務先の大学の創設75年を記念した『75年史』編纂において文学部・文学研究科の責任者を命じられ、学外に出かける時間がとれなかったこともあり、次年度使用が生じた。 令和5年度は研究開始2年目になるので、山口県文書館だけでなく、東京など遠方の歴史資料保存機関への出張を実施したい。5月8日には、新型コロナも感染症の法的位置づけが5類に移行したが、感染対策を心掛け、各方面での出張調査を行いたい。 なお、次年度使用の計画としては、主として夏季休業を中心に出張調査を実施する予定なので、それまでに図書を整備し、初年度も実施した収集資料の整理とデータベース化の作業を大学院など学生の補助を得て行いたい。
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