研究課題/領域番号 |
22K00940
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
井内 太郎 広島大学, 人間社会科学研究科(文), 教授 (50193537)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 大航海時代 / イングランド / 海事共同体 / サブ・カルチャ / アルマダ / 私掠 / 船上経済 |
研究実績の概要 |
(1)航海途上の船内における経済活動の分析を行った。船上遺言書には、船員たちの生き生きとした船上生活や経済活動が描かれていることがわかった。船内における経済活動は売り掛けによる貸借関係で成立しており、船員たち自身によって、規則化されていったものと考えられる。船員たちは、とくに賃金や食糧問題に関して慣習的な権利が侵されていると感じた場合、徒党をなして抵抗し、事業主、海軍士官層や国王に対して彼らの力を誇示することができたのである。しかしながら、彼らは単なる暴徒ではなかった。彼らの抗議の手段は、イングランドの労働文化の中に深く根付いていた伝統的なやり方に基づいており、その目的も秩序の回復やそのための支援を求めるものであり、それが聞き入れられるであろうという確かな期待感が、そこにはあったのである。
(2)16世紀イングランドの船乗りと海事共同体(maritime community)の検討を行った。ヨーロッパの商業的ならびに地理的拡張の時代が、海軍や私掠船によるスペインとの海上戦争と同様に、イングラドの船乗りの社会に大きな影響を与えることになった。この間に船乗りの間で相互依存のネットワーク、共通のサブ・カルチャ、血縁関係、友人関係、仕事関係、賃借関係が形成され、海に関わる職業を持つ人々は、イングランドというより大きな社会の中の1つのコミュニティ(海事共同体)において生きていることを強く認識することができたのである。確かに1580年代以降に、かつて経験したことの泣いたダイナる外的圧力に直面し緊張が高まったが、船乗りたちは、変革が自分たちにとっていかに得策であろうとなかろうと、彼らの慣習や伝統的実践行為を執拗なまでに守ろうとしたのである。エリザベス時代の船乗りないし海事共同体は、遠洋航海、私掠事業や海上戦争を通じて、国家と社会に対して彼ら独自の関わり方をするようになっていたのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、(1)英国において史料調査を行い、予定していた史料の収集ができた。(2)いくつかの研究会においてオンラインで本研究の成果報告を行い、また英国で本研究テーマに関係する研究者からレビューを受けてたことで、今後の研究のすすめ方が定まった。(3)来年度にこれらの研究成果を報告するために、すでに国内外の学会で3回の報告を行う予定になっている(4)本年度、研究成果としてすでに3本の論文(単著)を学術誌(査読あり)に投稿し、掲載決定の通知を受け取っている。
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今後の研究の推進方策 |
(1)イギリスの公文書館(The National Archives)、ロンドン公文書館(London Metropolitan Archives)、イギリス図書館(British Library)において、海事共同体に関係する史料(遺言書、海事高等裁判所における証言記録、航海記録)の調査・収集にあたる。(2)研究活動としては以下のものを考えている。第1回目のギニア航海(1553-4年)に操舵手(quartermaster)として参加したW.ブラウンが死を前にして航海途上の船内で作成した遺言書を手がかりとして、当時の船上社会や海事共同体のあり方を考えてみたい。ブラウンの遺言書を取りあげる理由はもう1つある。実は、帰港後に彼の遺言書の真偽を巡って海事高等裁判所で訴訟が起こっており、P.パトレル(遺産受取人)が、ブラウンの賃金の支払を拒否した事業主を訴えているのである。結局のところ、パトレルの訴えは退けられてしまい、それだけ見れば、強力な権限とコネクションを持つ事業主らにより、1人の船員の遺言がなきものにされた失敗の物語であり、大海の中の泡のような話しかもしれない。 しかしながら、視点を少しずらしてみると、そこから当時の海事共同体のあり方を垣間見ることが可能なのである。本研究では、1人の船員の船上遺言書を手がかりに、R.エデンやR.ハクルートらの「大きな物語」と不安定で脆弱、失敗を重ねる、あるいはナショナルな物語に回収されず、名前さえ残らないW.ブラウンのような船乗りの「小さな物語」の糸を編み合わせることで、ギニア航海の物語をより立体的に構築してみたい。 (3)申請者も編者をつとめている「中近世世界における文書とコミュニケーション」の論集において「遺言書」のセクションを担当・執筆する。 (4)2023年度には学会報告2本と招待講演1本が確定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、設備備品費、消耗品費を効率的に消化し、予定していた本研究課題に関係する研究会での報告もオンラインであったため本年度に残額が生じた。今後の使用計画としては、設備備品費として関連図書の購入費、英国における史資料の渉猟にかかる経費、国内外の学会で報告を行う際の出張費に組み込み、有効に使用する予定である。
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