研究課題/領域番号 |
22K01012
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所 |
研究代表者 |
楊 曼寧 独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所, 埋蔵文化財センター, アソシエイトフェロー (40911079)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 出土漆塗膜 / 保存処理 / 劣化 / 模擬試料 / 埋蔵環境 |
研究実績の概要 |
銅胎の出土漆製品において防錆処理の過程で発生する塗膜の捲れ上がりは、処理薬剤が入り込むことによって、塗膜表面(環境にさらされる面)と接着面(胎と接する面)の膨潤に伴う変形量の差異に起因する現象である。この現象において、塗膜の表面と接着面での成分差異がある場合、両面と薬剤との親和性が異なることは変形量に影響を及ぼすと先行研究に指摘されている。したがって、塗膜の剥離メカニズムを議論するには、出土塗膜の層構造とその化学組成を把握する必要がある。さらに、文化財資料の塗膜表面と接着面に構造および化学組成の差異が観察される場合、埋蔵時の劣化または製作方法のいずれの影響を受けているかを検討することも必要である。
前年度で蓄積してきた情報を参照しながら、出土塗膜層内の成分差の観察、およびその形成原因を検討するため、 1)平城宮跡より出土した銅製品から剥落した単層塗膜のプレパラートを作成し、デジタルマイクロスコープによる断面観察、顕微IRによる成分分析、2)自然硬化と高温硬化(焼付け)で作成した標準試料との成分特徴との比較、3)塗膜に付着する腐食生成物のSEM-EDXによる組成元素と元素分布の分析、を実施した。 その結果、 1)当該出土塗膜の表面と接着面に成分差異があること、2)高温硬化(焼付け)は塗膜の層内成分差を形成させる原因の一つとして考えられること、3)埋蔵環境下における劣化による化学変化が生じていること、4)腐食生成物層の主体に構成する硫化銅から、遺物の埋蔵環境は還元的であることが確認された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和5年度は1) 出土漆塗膜の表面状態の詳細観察、2) 出土漆塗膜の化学成分を含む特性の把握、3)保存処理の実験用の模擬試料となる塗膜の作成を予定していた。 1)については、平城宮跡の出土資料を中心に継続的に情報を蓄積していた。 2)については、遺物から剥落した単層塗膜のプレパラートを作成し、断面観察と成分分析を行うことで、塗膜の捲れ上がりに関連する層内成分差という特性を確認した上に、標準試料の分析結果との比較から成分差の形成原因を詳細に検討することができた。 3)については、標準試料の作成から、高温硬化(焼付け)は層内成分差を形成させる原因の一つと確認し、材料配合濃度と焼付け条件(温度・時間)の違いによる塗膜成分変化の把握ができた。したがって、焼付けによる層内成分差を定量的に再現できる模擬塗膜の作成が可能になった。
上記状況を考慮し、進捗をおおむね順調に進展しているとした。
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今後の研究の推進方策 |
令和6年度は以下の3点を中心に研究を進める。 1) 出土漆塗膜の立体的な化学構造の把握:出土漆塗膜の層内成分差の特徴を把握する上に、成分差を作り出す要因を明らかにし、模擬試料の強制劣化手段を選定する根拠とする。 2) 保存処理の実験用の模擬試料の作成:令和4-5年で蓄積した試料作成のノウハウを活かしながら、必要に応じて追加作成する予定である。 3) 出土漆塗膜の劣化状況が保存処理時に発生する変形に及ぼす影響の検討:模擬試料塗膜(遊離塗膜)を銅胎の出土漆製品の保存処理に一般的に使用される薬剤に浸漬し、そのゲル分率を算出する。同時に、塗膜が浸漬する際に片面に向かってカールする程度を記録し、層内成分差との関連性を評価する。さらに、浸漬前後の塗膜表面と接着面の成分変化をFTIR分析で捉え、浸漬時発生しうる化学反応を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和5年に予定していたUV照射装置とそのランプは共同研究している明治大学の耐候性実験装置を使用できたため、支出の必要がなくなり、次年度に繰り越した。 塗膜の深さ方向の成分変化を把握するために必要な顕微IRライン分析の受託の追加実施、作成済みの模擬試料を強制劣化させる実験を進める予定である。
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