研究課題/領域番号 |
22K01072
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
鈴木 伸隆 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (10323221)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | コールセンター産業 / 労働者 / 経済的エンパワーメント / 社会的・文化的少数派 |
研究実績の概要 |
研究初年度にあたる本年度は、フィリピンICT産業開発政策は何を契機に構想され、どのような知的労働者像を創造しようとしたのかといった歴史的背景を扱った。具体的には、1992年以降のラモス政権(1992-1998)からアロヨ政権(2000-2010)までの18年間を対象とし、フィリピン経済自由化を推進するためにICTの規制緩和が行われた軌跡を追った。フィリピンにおいて新自由主義的政策が取り入れられるようになったのは、規制緩和を推し進めようとしたラモス政権以降である。 しかし、より重要な点はラモス期とアロヨ期の経済政策における連続性である。フィリピン初の総合的IT国家戦略「21世紀に向けた国家情報技術計画」には、OECDが提唱した『知識基盤経済』(1996)が大きな影響を与えている。これはラモス期で完成されたわけではなく、むしろラモス期が契機となって、アロヨ大統領期に引き継がれ、IT情報化社会で主導的な役割を果たす知的労働者の人材育へと拡大していくという特徴が浮かび上がってくる。これはまさに、外資系コールセンター産業の招致と連動した開発ビジョンが両政権下で展開されていたことを示唆する。また、同時に国民の英語力の商品化がフィリピン国家経済戦略の要諦であったことも、文献資料から明らかになった。アロヨ期には教育言語政策において、英語回帰ともいうべき展開がなされるなど、ラモス期とアロヨ期の特徴(共通性と差異)を析出することができた。コロナ禍の影響によりフィリピンの図書館での現地調査が若干影響を受けたが、これは2年目の計画を前倒しして行ったものであり、全体の進捗には全く問題はない。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、21世紀におけるフィリピンの政治経済状況とコールセンター産業の進展についての基礎的な資料を収集するとともに、その軌跡について把握することにあった。その結果、当初の仮説通り、ラモス期には新自由主義的経済政策が導入され、アロヨ期には国民経済の発展のために英語を操れ、知的労働に従事する担い手のすそ野を広げ、なおかつそれを支援するために教育言語政策において、英語回帰(教授言語の英語化)が行われたことが見えてきた。 しかし、コールセンター産業との関連から言えば、アロヨ期の政策は大学新卒者に対して、多くの雇用を提供する一方で、英語という単一言語化を過度に推し進めたことから、国民の分断と社会的断絶を生む結果となった。この結果については、すでに新自由主義的経済が必然的にもたらす負の成果であると先行研究の多くが指摘するところであり、同国の経済政策が極めてエリート志向型性格のものであったことが見えてくる。以上のことを総合すると、現在までの進捗状況は順調と評価できる。 一方、本務校で海外渡航制限が緩和されたことを受け、2年目の課題である図書館での資料収集を前倒して行った。初年度に予定していなかった作業が実施できたこと自体、大きな前進であったが、コロナの影響で図書館の利用者制限があるなど、想定外の事態に直面した。思った通りの前進が出来なかったことは残念である。しかし、これは2年目の調査研究で挽回できることであり、初年度の研究計画全般に関して言えば、順調と総括できる。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度は、コールセンター産業に充実する労働者を対象とした、聞き取り調査を行うことになっている。現在のところ、首都圏のマニラ、もしくはルソン島北部地方のバギオか近郊地区で行うことを計画している。必要に応じて、調査アシスタントを雇用して、聞き取りデータの精度を高めたい。その上で先行研究と比較考察する予定である。なお、フィリピンも2020年3月より3年間にわたり、コロナ禍の影響により、ロックダウンが行われるなど、コールセンター産業の活動にも大きな影響があったことが推察できるが、その詳しい状況について、現在信頼できる情報は確認できていない。活動停止に追い込まれた企業もあることを踏まえ、聞き取り調査地の変更等は、柔軟に行なえるように配慮するつもりである。 一方、初年度での研究の成果を踏まえ、2年目にあたる2023年度は国内外学会等で積極的に発表を行い、研究成果の批判的検討に向けた作業も本格化させたい。具体的には、日本文化人類学会、東南アジア学会、日本オセアニア学会の地区例会ならびに研究大会での成果還元を行う。それと連動させ、国際共著論文を執筆するべく、共同執筆者との調整も開始する予定である。初年度は2023年度で行うはずの文献調査を前倒ししたことから、当初の予算と若干減少が生じたが、これはあくまでも研究の前倒しであり、研究の遅れではないので問題ない。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が13,749円となった理由は、すでに述べたように当初の予定になかった2年度目の課題である資料収集調査を行ったことによる。本務校で海外渡航が許可されたことと、同時に進めていた国内での資料収集調査が順調であったことから、研究の速度を加速化させることが適当と判断した。この差額は当該研究の申請時よりも海外渡航費(航空運賃)が高騰していたこと、さらにそれに適切に対応するため、ゆとりのある金額を前倒し請求したことによるものであり、研究の進捗とは直接的に関係はない。この差額は、2023年度の調査活動に充当することで解消できるものと考えている。
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