研究課題/領域番号 |
22K01096
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研究機関 | 金沢星稜大学 |
研究代表者 |
朝田 郁 金沢星稜大学, 人文学部, 准教授 (00780420)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | イスラーム復興現象 / ザンジバル / 民衆イスラーム / スーフィー教団 / アラウィー教団 / 預言者ムハンマド / イスラーム主義 / 祝祭 |
研究実績の概要 |
歴史的に、ムスリム民衆の教化において重要な役割を果たしてきたスーフィー教団は、現代のイスラーム復興運動の中で批判にさらされている。しかし、研究代表者が調査を重ねてきた東アフリカ沿岸部では、教団に対する人々の支持が反対に高まっている。本研究は、この逆説的な関係性を明らかにすることで、イスラーム復興現象における多様な宗教意識の覚醒を解き明かすことを目的とする。 2023年度は本課題の2年目であり、これまでに収集したデータ分析を中心に研究を進めた。対象はタンザニアのザンジバルであり、住民の99%がイスラームを信仰する一方で、20世紀後半には政府主導で世俗化が進められた地域である。近年は世界的なイスラーム復興の流れの中で、政府も規制緩和やイベント開催を通して宗教文化を支援している。 当地の宗教を取り巻く状況は錯綜しており、初期時代への回帰を掲げる活動家(イスラーム主義者)が、スーフィー教団をビドア(規範からの逸脱)として批判する一方で、一般民衆は教団活動に傾倒しており、特にアラウィー教団との関わりが深い。当教団の教義と儀礼を分析した結果、その逆説的人気は、預言者ムハンマドへの回帰というイスラーム復興運動の潮流と巧みに結びつけられていることが示唆された。教団は指導者の系譜の頂点にムハンマドを置き、教団活動が預言者のスンナ(慣行)に基づいていることを強調することで、「正しいイスラーム像」の提示を試みているのである。これは、イスラーム主義者とは異なるアプローチであるが、イスラーム復興運動の文脈の中で独自の存在意義を確立していると言えるであろう。 ザンジバルにおけるアラウィー教団の事例は、イスラーム復興が単一の運動ではなく、多様な方向性を持った宗教意識の覚醒であることを示唆している。批判と支持が共存するスーフィー教団の存在は、復興運動における複雑な動態を理解する上で重要な鍵となるであろう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2023年度は、前回の報告書で示した研究計画と目的にしたがって、東アフリカ・タンザニアでフィールドワークを実施する予定であった。しかしながら、ガンを患っていた研究代表者の近親者の容体が悪化し、調査の予定時期に他界したことから、看病や葬儀などのために渡航は延期せざるを得ない状況になった。そこで前年度に引き続き、日本国内で文献研究とこれまでの予備調査で収集したデータの分析をおこなうこととした。 データ分析の結果としては、ザンジバル社会における人々の逆説的な行動様式が、イスラームの始祖である預言者ムハンマドを参照点することで正統化が図られていることが分かった点が大きい。これらの研究成果は英語論文にまとめ、『金沢星稜大学人文学研究』誌に投稿、2024年3月付けで刊行された。人文学研究誌への投稿は、前年度に計画した通りである。金沢星稜大学には成果公開用のリポジトリが整備されていないことから、DOI(デジタルオブジェクト識別子)の付番などはされていないが、人文学研究誌の公式サイトを通して全文が公開されている。 本研究の推進には、今回の分析結果をふまえてザンジバルでのフィールドワークをおこない、錯綜したイスラーム的価値観をめぐる人々の動態を、具体的な事例を通して検証する必要がある。その実施に向けては、すでに新たな研究計画を立てており、イスラームの始祖である預言者ムハンマドの祝祭、マウリドへの参与観察が中心となる予定である。その詳細は次項の推進方策でまとめた通りであり、2024年度の夏以降、タンザニアに渡航してのフィールドワークが実施できる見込みである。またその成果は、年度内に論文の形にまとめて公表する計画である。 以上の点から、本研究はおおむね順調に進展していると評価する。
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今後の研究の推進方策 |
2024年度は、前年度から延期となったザンジバルへの渡航調査を9月中旬に実施し、イスラームの祝祭「マウリド」を通して、イスラーム復興現象の多層性を解明することを目指す。マウリド自体は、イスラーム世界の各地で観察される宗教的祝祭であるが、ザンジバルでは預言者の生誕日を皮切りに、月末まで場所を移しながら繰り返し開かれる点が特徴的である。そこで2023年度の分析結果をもとに構築した理論的枠組みをふまえつつ、ザンジバルの預言者生誕祭への参与観察と関係者へのインタビューをおこなうこととする。 調査にあたっては、ザンジバルのイスラーム社会を構成する4つのアクターに焦点を当て、マウリドへの参加を通した彼らの関係性を解明する。具体的には、批判にさらされつつ活動を活発化させているスーフィー教団、規範からの逸脱を許容するムスリム民衆、初期時代の規範に立ち返ることを重視するイスラーム主義者、そして従来は世俗化を推進してきたにも関わらず近年は政策を転換させた政府である。これら四者は、イスラーム復興現象における運動の方向性が異なっており、宗教意識の覚醒が多元的に生じていることの証左となる。一方で、彼らは2023年度の研究論文で示したように、預言者ムハンマドの存在を媒介として相互に接続されている。 そこで、マウリドに参加する各アクターがどのような役割を担っているのか、彼らはマウリドを通して何のメッセージを発信しているのか、異なる宗教意識を持つグループ間でどのような関係が構築されているのかといった、イスラーム復興現象における各アクターの戦略と相互作用に注目する予定である。合わせて、今回設定した分析的枠組みの有効性も検証する予定である。批判をかわして社会への浸透を図るスーフィー教団と、規範から逸脱しつつ、なおも篤信でありたい人々の共犯関係を、マウリドの参与観察と関係者へのインタビューから明らかにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
進捗状況で述べたように、2023年度に予定していたザンジバルでのフィールドワークは、研究代表者の近親者の病状悪化と他界にともなって、2024年の9月以降に延期された。また、渡航直前に予定していた調査携行用の機材購入は、2024年度はじめに執行する予定である。そのため、2023年3月末の段階では、渡航費用として確保していた旅費と機材購入費がそのまま残存している。 なお、研究初年度である2022年から継続中の米ドルに対する円安状況は、現在のところ34年前の水準まで落ち込んでおり、その状況に改善の兆しが見られない。したがって計画立案時よりも、航空券代や現地滞在費が大幅に上昇することが見込まれる。また推進方策で述べたように、フィールドワークに際してはインフォーマントに対する聞き取り調査を予定している。謝金等、調査に関わる人件費も確保する必要があるため、2024年度の研究費を超過する場合には、滞在日数や調査協力者の人数の削減などで対応する可能性もある。 したがって、2024年度は計画通り適切に使用できる見込みである。
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