2001年アフガニスタン戦争後及び2003年イラク戦争後の新憲法制定は、西欧起源の立憲主義とイスラーム「的な」統治の正統性の折り合いをどうつけるか、という問題を提起した。本報告が対象とするイラクにおいてこの問題は、イスラーム法の解釈権限を争点に、憲法制定過程で激しく争われただけでなく、現在に至るまで、折に触れ論争の種となっている。憲法制定過程では、イスラーム法の解釈権限に関して、二つの点が争われた。一つめは、終局裁判所たる連邦最高裁判所裁判官の構成についてイスラーム法学者を含めることを要件とするか、二つめは、一定の法分野について宗教共同体の自律領域を認めるかであった。 今年度は、イラクの法現象を、より一般的な議論と接続するための省察を行なった。上記一つめの争点は、憲法解釈の最終的権威という憲法学における論点から、二つめの争点は、法多元主義という論点からそれぞれ捉えることができることを明らかにした。 また、本研究の先行研究への寄与についても、最新の議論状況を踏まえて、再検討を加えた。「立憲主義とイスラーム」に関する諸問題は、現代イスラーム法研究においてイスラーム金融や家族法と並び、最も盛んに論じられるテーマとなっている。これまで研究者の関心が、主に、「シャリーアと憲法の結合」の概念的基盤の探求や、「シャリーアと憲法の結合」の運用における司法部の世俗化効果に向けられてきたことを確認した。そして、これら先行研究では、イスラーム法解釈の最終的権威、そしてイスラーム法解釈の担い手達とその相互作用という視角が等閑視されてきた結果、イスラーム法解釈のダイナミズムを十分に捉えきれていないのではないか、という仮説を立てた。
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