本研究課題の核心的な学術的「問い」の一つは、憲法秩序が内包する「平等な市民と(宗教)共同体に属し不均等な諸権利を有する市民という相互に排他的な論理」についてどのように折り合いをつけているのかである。今年度は、憲法制定過程を題材に、立憲主義の下での憲法解釈の最終的権威に焦点を当て、「賢者としての裁判官」をキーワードに研究を進めた。 イラク戦争後の憲法起草過程からは、西欧起源の立憲主義を継受した憲法秩序の枠組み内で、いかにしてイスラーム的な統治の正統性を担保するかがイスラーム主義者にとっての主要課題であったことを確認できる 。イスラーム的な統治の正統性を担保する仕組みとしてイラクのシーア派イスラーム主義勢力は、イスラーム法源規定とこれに基づく違憲審査制だけでなく、イスラーム法に照らした合憲性が争われる訴訟においてはイスラーム法学者がこれを審査することを求めていた。もっとも、このようなイスラーム法学者による合憲性判断については、イラクだけでなく他国のイスラーム主義勢力もイスラーム的な統治の正統性を構成する要素の一つとみなし、スンナ派とシーア派という宗派の別なくその制度化を求める傾向にある 。 「イスラーム的な統治の正統性に関して最終的な憲法判断を行うのは誰か」という問題の論じられ方から導出される「賢者としての裁判官」像は、一部の国民に限って「賢者」と認識されうる裁判官である。そこにおいては裁判官が適用するルールよりも、裁判官の宗教的な属性が「賢者」を判断する際に重視されることを明らかにした。
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