研究課題/領域番号 |
22K01187
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
国京 則幸 静岡大学, 人文社会科学部, 教授 (10303520)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 社会的処方 |
研究実績の概要 |
2023年度は、日本の状況を意識しつつ、「イギリス型」社会的処方の全体像をとらえることを中心に検討を進め、論文としてまとめた。また、渡英し、聞き取り調査を実施するための予備的調査を実施した。 イギリスの社会的処方の検討に際しては、(1)社会的処方それ自体の作用と、(2)医療保障制度としてのNHSの中での位置づけ(意義・役割)とを分けつつ、両者のかかわりをとらえて理解する必要がある。2022年度は(1)を中心に検討を行い、2023年度は(2)の点から全体の位置づけとその意義を検討した。社会的処方はイギリスが発祥ともいわれ、①健康の社会的要因(SDH:Social Determination of Health)に着目し、②地域の社会資源と「つなぐ」ことでこれに対処していこうとするところに特徴がある。そして、「処方(prescribing)」という言葉が示すように、医療の中に位置づけられ、医師を起点として行う「医療モデル」とでもいうべきものとなっている。しかしながら、日本の状況など併せ考えるとき、そもそもなぜ、多忙な医師が起点となるシステムなのか、医師にSDHの判断ができるのか、といった疑問が生じる。この点については、イギリスの医師、とりわけ、患者の健康問題全般を扱うことを専門とし、NHSとの契約により、担当する市民の健康管理の責任を負うGPといわれる総合医の役割と、受診時原則無料で医療を受けられるイギリスの医療保障制度であるNHSの存在が深くかかわっており、このようなイギリス独自のコンテキストの中で展開されてきた取り組みが社会的処方へとつながってきていることが明らかになった。 他方、社会的処方を①②を中心とするシステムとしてとらえた場合、イギリス型の「医療モデル」以外の方策-日本の場合、地域包括ケアシステム-との比較検討を行うポイントについても確認することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2023年度までに、イギリスの社会的処方の作用と、これを踏まえて、現場での取り組みから展開されてきた社会的処方が、医療保障制度であるNHSの中でどのような位置づけとなっているのか(システム)、また、なぜ医師が起点なのか、など、イギリス独自のコンテキストの中で社会的処方が「医療モデル」となっている論理についておおむね整理できており、今後行う予定の、日本との比較検討の基礎を固めることができている。 ただし、文献研究を中心にシステムとしての全体像を俯瞰するにとどまり、社会実態的な具体的な作用、特に、利用者の側からの意義(メリット・デメリット)については、必ずしも十分に検討できてはいない。また、調査候補機関の選定はできているものの、具体的な聞き取りそのものはまだ実施できておらず(先方の多忙等により)、具体化に向けた方法や連絡調整をさらに行う必要性がある。また、2022年度同様、HPなどには一般的な紹介はあるものの、現実の一般市民のレベルでの認知という点では、具体的なサービスを必要とする人以外には必ずしも浸透していない可能性があり(ただし、この点は、日本の地域包括ケアシステムも同様のことが言えそうである)、この点を踏まえ、今後の調査の方法など必要な軌道修正を行うことも考えている。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度、イギリスの社会的処方が、①総合医であるGPの存在と役割、②NHSという医療保障制度の存在という、イギリス的なコンテキストにより、医師を起点とする「医療モデル」として展開されることとなっている点を明らかにした。他方、翻って、社会的処方の意義という点から考え、①SDHへの着目、②社会資源の活用という点を重視する場合、とりわけ日本の状況を考慮すると、イギリスのような「医療モデル」としての社会的処方である必要性は必ずしもないように思われる。 そこで、今後(残りの期間において)は、(1)(イギリスのコンテキストから離れて)一般論において「社会的処方」が医師を起点とする「医療モデル」である必要性や意義の精査を改めて行っていきたい。そして仮に、社会的処方を「医療モデル」から切り離して考えられる場合、(2)ソーシャルワークとの異同や関連性についての検討を行う必要がある。特に、利用者と地域の社会資源とを結びつけるリンクワーカーの作用は、福祉におけるケースワーカーの役割と類似した点があるため、両者の異同や関係性は重要な意味を持ちうると考えている。そのうえで、(3)日本の地域包括ケアシステムとの比較検討を進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
2023年度も、渡英調査のための旅費の執行が中心となった。物価高・円安などの影響を大きく受け、とりわけ渡英にかかる航空運賃、滞在費が、申請時見込んでいた価格を大幅に超えることになり、計画通り執行することができなかった。文献研究・論文執筆については入手してきた各種資料の読み込みを中心として行った。次年度使用分については、2023年度同様申請時に想定していたものより大きくなっている渡英にかかる費用として充てるとともに、研究上必要な書籍の購入(物品費)としても充てることとする。
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