研究課題/領域番号 |
22K01293
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研究機関 | 南山大学 |
研究代表者 |
佐藤 勤 南山大学, 法学部, 教授 (50513587)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 会社 / 経済分析 / 信託法 / エージェンシー・コスト理論 |
研究実績の概要 |
信託は、財産上の所有権を、名目上の所有、利益および管理との三つに分離して財産管理を行う仕組みである。換言すれば、信託は所有権上の利益と所有権上の責任とが分離する仕組みといえる。このように所有権を所有権上の利益と所有権上の責任とを分離させる法制度の代表的なものに、会社がある。会社と信託では、所有権上の利益と所有権上の責任とが分離しているという点で類似性があることから、会社法の経済分析において常に適用されるエージェンシー・コスト理論によって与えられる多くの分析手法が、信託法の分析に対し、適用可能であり、かつ有益である。 ただし、信託法についてエージェンシー・コスト理論を用いて経済分析を行う場合、次の点に留意する必要がある。 会社では、残余請求権者である株主がリスクを負い、最終的に取締役会が管理権限に関する責任を負う。これに対し、一般的な信託では、受託者は、受益者の最善の利益となるよう、信託財産の管理を行ない、事前に委託者によって示された意向に従い、受益者の利益を最大化する義務を負う。すなわち、信託においては、受益者および委託者がリスク負担をし、受託者が管理権限を有するといえる。したがって、エージェンシー問題について、受託者が委託者の「エージェント」と見なすことができるし、受益者の「エージェント」とも見える。受託者が信託を継続的に管理するに当たり、委託者の意向(意思、目的〔間接的な利益〕)を軽く見たり、無視したりするかもしれないとすれば、委託者と受託者との関係にエージェンシー問題があるといえるし 、受託者が信託の継続的な管理において、受益者の意向(利益)を軽く見たり、無視したりするかもしれないとすれば、受益者と受託者との関係にエージェント問題があるといえる。 2023年度の研究では、以上の点が解明されたことから、引続き、エージェント・コスト理論を用いて、信託法の分析を行う。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の計画では、イギリスにおける高齢者等の財産管理に関する信託制度の調査を行い、信託制度と他の財産管理制度のガバナンスの相違点についての解明をすることを予定していた。その予定に従い、イギリスにおける信託のガバナンスを補完する制度・仕組みである「プロテクター」制度や、我が国の信託管理人や受益者代理人の制度を分析し、それらの制度・機関の問題点の解明に多くの時間を割いた。この分析結果については、未公表ではあるが、成果として完成しつつある。 しかしながら、日英の現行制度の分析だけでは、高齢者等である受益者の保護に有効、かつ最適なガバナンス制度の構築の検討を行うには不十分ではないかと考え、近年、研究の深度が深まっている会社のガバナンスについても比較検討を行うこととした。 そこで、2023年度の後半から、会社の経済分析、特にエージェンシー・コスト理論の調査を行い、それが信託法にも適用できるか、適用できるとすれば、それが有益かについて、調査・検討を行っているところである。 以上のように、研究途中ではあるが、当初の研究計画に修正を加え、会社のガバナンスの経済分析とそれを信託にどのように適用すべきかという観点での研究課題を追加したことから、現時点では、当初の計画からやや遅れている。しかし、この観点を加えたことから、より良い成果がでることが期待される。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度の後半から調査を開始した会社のガバナンスの経済分析の調査から、会社法における経済分析、具体的にはエージェンシー・コスト理論が信託にも適用可能であることが明らかになった。また、適用するときの留意点も明らかになった。 そこで、今後は、信託法に対し、会社法に適用されている経済分析を適用し、現行の信託制度におけるガバナンスの課題と問題、およびできればその解決策を検討し、論文としてまとめ、公表する。 また、論文の草案ができた段階では、その論文から見えてきた残された課題について、必要であれば、文献調査を含め、現地調査に行い、成果のブラッシュアップを図る。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の計画では、イギリスにおける高齢者等の財産管理に関する信託制度の調査を行い、信託制度と他の財産管理制度のガバナンスの相違点について、解明することを予定していた。その予定に従い、信託のガバナンスを補完する制度・仕組みである「プロテクター」制度や、我が国の「信託管理人」や「受益者代理人」の制度を分析し、その問題点の解明に多くの時間を割いた。 しかしながら、日英の現行制度の分析だけでは、高齢者等である受益者の保護のために最適なガバナンス制度の構築の検討を行うには不十分ではないかと考え、研究が深まっている会社におけるガバナンスについて、特にその経済分析を調査することととした。 そのため、当初は、2023年度には、イギリスにて現地調査を行うことを計画していたが、上記のように、会社法のガバナンスに対する経済分析が信託法にも適用可能かという論点を研究計画に加え、それに注力するため、イギリスでの現地調査を見送ったことから、次年度使用額が生じた。
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