研究課題/領域番号 |
22K01347
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研究機関 | 京都産業大学 |
研究代表者 |
植村 和秀 京都産業大学, 法学部, 教授 (10247778)
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研究分担者 |
西田 彰一 国際日本文化研究センター, 研究部, プロジェクト研究員 (00816275)
栗田 英彦 佛教大学, 公私立大学の部局等, 非常勤講師 (10712028)
萩原 淳 琉球大学, 人文社会学部, 准教授 (50757565)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 文部省 / 国体明徴 / 知識人 |
研究実績の概要 |
本研究は、昭和10年代に文部省が推進した国体明徴政策について、政治思想と政治過程の交錯、思想的政策の実態と限界、内務省や陸海軍、知識人や政治運動との関係などの検証を行なうことを目的としている。 そこで、まずは植村が教学刷新評議会の議事録分析を行ない、文部省の国体明徴政策の出発点を明らかにする作業を進めている。同評議会は昭和10年から11年にかけて文部大臣を議長として開催され、外局として教学局が設置される際に重要な役割を果たした。この分析による新しい知見として、当時の文部省の思想的立場と大東文化協会の思想的立場とに強い関連性があることを特に挙げておきたい。大東文化協会は大正12年設立の財団法人であり、「皇道及国体に醇化せる儒教」の振興を目指して大東文化学院を運営していた。他方で昭和10年代の文部省は、東洋文化と同じく西洋文化も国体に醇化して活用すべきとの思想的立場を採っており、この立場は大東文化協会の立場を発展させたものと位置付けることが可能である。実際、大東文化協会関係者は天皇機関説弾劾の重要な担い手となり、あるいは、教学刷新評議会の熱心な委員となっていた。天皇機関説事件の責任を問われて教学刷新評議会設立に至る政治的な流れの中で、この協会関係者が弾劾側で重要な役割を果たしていたのである。この時点に限らず、文部省と大東文化協会の人的・思想的な関係には強いものがあり、大正から敗戦までの長期的な視点での検証作業が必要であると考える。 研究組織内でこの知見を共有するとともに、植村は教学刷新評議会第1回総会での議題設定を追跡した研究成果を『産大法学』で公表し、両者の関係の解明作業に着手している。研究組織内では、文部省外部の知識人として特に筧克彦と斎藤しょう(日へんに向)に注目し、それぞれの思想的立場について情報を共有して、文部省との関係について議論を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究活動は、研究組織内での情報共有に重点を置いて行なった。メールによる適時の情報共有に加えて、オンラインでの研究会を開催し、さらに、対面での研究会を2日間にわたって開催した。研究組織内で各自の研究状況を共有するとともに、危機意識、政治的変革、国体論、思想統制といった論点について研究報告を行なって、文部省の思想的政策が置かれた文脈の把握に努めている。 文部省が国体明徴政策に乗り出す前史として、社会情勢の変化による全般的な危機意識の昂進があり、それゆえに革新や革命、維新などを呼号して、政治的変革を目指す多種多様な運動の盛り上がりがあった。このような危機意識と変革への意欲は昭和10年代にも持続し、そのことが文部省による自己防衛的対応を促すとともに、文部省が率先して主導的に対応せんとする意欲を強めてもいた。ここにおいて、国体に関する思想は新たな展開を示すとともに、戦時体制強化に伴う思想統制の新たな展開も生じていくこととなる。これらの文脈を踏まえた上で、文部省の思想と政策を捉えなおす作業を進行させており、次年度に学会で報告することを目指して準備中である。 なお、利用制限の緩和に伴い、国立教育政策研究所教育図書館と国会図書館憲政資料室での調査を始めている。本研究の進捗にとって資料調査は特に重要であり、今年度に十分に行えなかった文部省や文部省関係者の資料調査を次年度以降に実施し、政策推進の具体的な経緯を把握する作業を進めていきたい。国体明徴政策を推進するということは、文部省もまた政治的変革に関与しようとしたということであり、そこに生じる官庁による政治的変革の限界をさらに検証する必要性を感じている。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進については、研究会をオンラインや対面で開催するとともに、学会での報告によって研究成果の一部を公表し、それによって研究のさらなる発展を目指すことを方策とする。昭和10年代の文部省の国体明徴政策は、政治思想史や政策の研究のみならず日本史や教育史など多方面の研究に関連しており、今後もさまざまな専門分野の学術的知見を積極的に取り入れていきたい。研究組織以外での研究会においても積極的に研究報告を行ない、同様の研究推進効果を獲得するようにする。 文部省による国体明徴政策の推進は、官庁が会議で思想内容を決めようとする取り組みであり、日本的主体性の発揮を求めながらも結局は従順な服従を求めてしまう動きであった。そこにはさまざまな限界や矛盾が存在しており、初年度の共同研究の基礎的な蓄積の上に、この限界と矛盾の分析を行なっていくことが本研究の課題となる。そのため、教学刷新評議会以外の教育関係の会議の議事も追跡して関係者の思想や政策志向性の把握に努めるとともに、文部省と外部との関係に留意し、文部省と政治家、内務省、陸海軍、外部知識人などとの関係の実際を解明することに努力し、文部省の真の「実力」を把握できるよう学術的な工夫を行なっていく。教育関係の会議には各界の有力者が多数参加し、その答申の実現に貢献することがあった。しかしその一方で、委員の多様な意見をできれば最終案のどこかに盛り込む配慮を、文部省など主催者側は求められてもいた。近年の会議の実際も参照しつつ、昭和10年代の実情を引き続き検証していく予定である。 資料調査を積極的に行ない、それによって得られた情報は研究組織内で適宜共有していく。図書館の利用制限の緩和の流れを受けて、最終年度に向けてできる限り調査を進めておきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究組織内での情報共有は電子メールなどで円滑に行なわれ、研究会による情報の検証作業はオンライン形式も用いておおむね順調に進んでいる。しかし、新型コロナウイルスの感染状況を踏まえて、国内出張先での資料調査を十分に実施することができず、特に東京での調査計画の一部を次年度に延期することとなった。次年度は、新型コロナウイルスへの政府の対応の変化を踏まえて、国内出張先での資料調査を積極的に実施できる見込みであると判断している。この改善された状況を好機として、次年度は特に、文部省による国体明徴政策推進の経緯について、文部官僚や文部省に関係の深い知識人が残した資料の調査を通じて、その具体的な詳細を把握することを目指している。
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