研究課題/領域番号 |
22K01579
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
柳瀬 典由 慶應義塾大学, 商学部(三田), 教授 (50366168)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 退職給付 / 企業年金 / コーポレートガバナンス / イノベーション |
研究実績の概要 |
2022年度は,企業のコーポレートガバナンスのあり様がDB型企業年金を通じた内部資源の配分に対する資本市場の評価にどのような影響を与えるのか、という点を中心に研究を行った。具体的には,コーポレートガバナンスと退職給付信託の関係を実証的に検討した。退職給付信託は日本独自の仕組みであり,コーポレートガバナンスと企業年金政策との関係について独自の視点を提供する可能性があるが,この点に焦点をあてた既存研究は数少ない。信託拠出により母体企業が保有する株式は企業の資産から分離され,退職給付信託として年金資産の一部を構成する。信託拠出においては資産の所有権は企業年金制度に移行する一方,その議決権は引き続き母体企業が保有する。母体企業が直接保有しないにもかかわらず議決権保有権限やその指図権限を有する株式はみなし保有株式と呼ばれる。みなし保有株式は純投資以外の政策保有株式を構成し,その保有政策は母体企業の経営政策の一環として位置づけられる。したがって,退職給付信託の利用の有無やその利用の程度には,母体企業・受益者間の潜在的な利益相反に関する裁量的な情報が織り込まれている可能性がある。2013年4月期から2021年3月期までの全上場企業を対象にした実証分析の結果,規模が大きく設立が古く現預金が潤沢ではなく,かつ,母体企業「自ら」のコーポレートガバナンスの程度が低く,既存経営者の地位を維持するインセンティブが強い企業において,退職給付信託が利用される傾向が高く,年金資産に占める退職給付信託額の比率も高くなる傾向にあることが確認された。このことから,母体企業・受益者間の利益相反の懸念を軽減するためにも,母体企業「自ら」のコーポレートガバナンスのあり方が重要な意味を持ちうることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は,給付建て(DB型)企業年金における経営者の裁量が企業の内部資源を株主・従業員間でどのように配分するかを検証するとともに,そうした資源配分に対する資本市場の評価についても,実証的に明らかにすることである。具体的には,①企業のコーポレートガバナンスのあり様がDB型企業年金を通じた内部資源の配分に対する資本市場の評価に与える影響,② DB型企業年金とイノベーションとの関係,③グローバルデータの活用による国際的な比較研究を行うことを予定している。このうち2022年度は,①の論点を中心に研究を行った。具体的には,コーポレートガバナンスと企業年金に関する論点整理として,柳瀬 (2022) を刊行するとともに,コーポレートガバナンスと退職給付信託の関係を実証的に検討し,その成果を柳瀬・後藤・上野 (2022) として刊行した。また,①の論点については,コーポレートガバナンスが,母体企業の相反する動機(リスクシフトとリスクマネジメント)のもとで,将来の年金積立状況,研究開発投資,株主価値にどのような影響を与えるかを検証する論文を執筆し,英文査読誌に投稿中である。②と③の論点に関しては未着手であるが,4年間のプロジェクトの初年度としては一定の水準の成果を出しており,順調に進捗している。なお,当初はイノベーションに関するデータベースの整備についても,2022年度に着手する予定であったが,時間的制約等の理由により未着手となっている。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度(2年目)は,退職給付信託とコーポレートガバナンスに関する発展的研究に着手するとともに,英文査読誌に投稿中の論文の刊行を目指す。加えて,DB型企業年金とイノベーションとの関係と,グローバルデータの活用による国際的な比較研究を行うための準備として,関連文献の整理とデータベースの整備を行う。また,コロナ禍で暫く休止状態にあった海外での学会報告・研究会での報告を再開するための準備を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定していた海外出張がコロナ禍のため中止したこと,イノベーション関連のデータベースの整備が遅れており,その費用を繰り越したことが主な原因である。2年目以降は,海外出張とデータベースの整備の進捗が予想されているため,次年度使用額として処理することにした。
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