研究課題/領域番号 |
22K01834
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
河村 倫哉 大阪大学, 大学院国際公共政策研究科, 准教授 (80324870)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 多文化 / 共存 / 社会資本 / ネットワーク / 自由主義 / エスニシティ / 政治理論 / 正義 |
研究実績の概要 |
文化の異なる人々が同じ社会で共存できるようにするには、「文化という曖昧なものを等しく扱う」必要がある。しかし、ここで「等しく扱う」点を強調すると、個人の自由のような一般的で形式的な基準に基づいて文化を扱うことになり、その曖昧さを細やかに汲み取るのが難しくなる。しかし、「曖昧さ」を強調すると、その曖昧さが目に留まった文化だけを支援しがちになり、他の文化を等しく扱えなくなる。ここでこの二つを両立させる鍵となる考え方を明確化したのが、2022年度の主たる成果である。 人々は一般的な基準に守られることによって、他者と自由に交流できる。その交流から信頼や協力、情報の相互提供などの社会資本が生み出されれば、人々はそれを用いて自分たちの文化の曖昧な特質を維持できる。こうなれば曖昧さを等しく扱うことができるが、ここで問題となるのは交流の形態である。市場での短期的取引のような不安定なものならば、社会資本は十分に生み出されない。しかし、安定性を重視して人々に特定の価値観の共有を要求すると、その価値観に馴染まない文化は周辺化されることになる。 ここで明らかにしたのは、こだわる文化が少しずつ異なる人同士の結びつきが交流形態として最も望ましいということである。たとえば同じ文化内に保守的な人と進取的な人がいた場合、前者は後者に文化を維持するノウハウを伝え、後者は前者に集団外の情報を伝えることができる。両者はこれにより共に内的統合力と外的適応力を向上させることができる。また異なる集団同士は、双方の進取派が互いの情報を交換することによって結びつくことができる。このように集団の構造を前提とした利益に基づいて人々が結びつくようなネットワークこそが、社会資本を確実に生み出しつつ、特定の価値や文化の押し付けにならないという点で望ましい。この点を理論的に明らかにできたのが、2022年度の成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究で構想する全体の行程は、理論と実証から構成される。理論面では、異なる文化の共存のために、人々の間に推移的ネットワークが構築され、そこから人々に社会資本が平等に行き渡るようにするということが構想された。この構想は、文化の曖昧さを無視せず、マジョリティの文化や過度に合理的な発想をマイノリティに押し付けず、それでいて諸々の文化をすべて対等に扱えている点で、既存の理論よりも優れている。そのことを論証したうえで、実証編として、推移的ネットワークが現実にどこまで実現し、どのような効果を発揮できているかを調べるのが全体の構想である。その中で一年目は、もっぱら理論面を固めると同時に、実証の下準備を行う予定だった。 多文化間の共存については先行する理論としては、古典的な自由主義にこだわるバリー、自由主義の枠組みこそが特異な文化の排除をもたらすとするヤング、排除された文化には積極的な支援が必要とするテイラー、自由主義の枠組みを基本としつつそこに偏りが見つかった場合には合理的に是正を図るキムリッカやハーバーマスなどの論者がいる。それの特徴や相関関係を整理したうえで、それらを乗り越えるものとして自説を提示しようとしたが、その理論的彫琢に思いのほか時間がかかった。 また、推移的ネットワークは、単にそれを構築するのが規範的に望ましいというだけではなく、紛争の渦中でも現実的に構築可能なものであるのを示す必要がある。実際に調査を行って、推移的ネットワークが構築されていない問題点を指摘しても、そもそもネットワークを構築すること自体に実現可能性が無ければ意味をなさない。そこで、紛争の渦中にある人々に対しても、無理強いすることなく、当事者の自発性に基づいてネットワークが構築されるようにするための方針を考察したが、それに思いのほか時間がかかった。
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今後の研究の推進方策 |
今年度中に、①エスニック紛争が生じる原因として社会資本をめぐる争いを指摘する論文、②社会資本が異なる文化を持つ人々にも平等に行き渡るのが、共存のあり方として最も望ましいことを指摘する論文、③社会資本を生み出すには推移的ネットワークが最も望ましいのを指摘する論文、④ネットワークが対立している文化集団を横断するために留意すべき点を明らかにする論文、⑤内部で人権抑圧的な慣習を持つ集団に対して、ネットワークの観点から適切な接し方を明らかにする論文をジャーナルに投稿する予定である。 このように、推移的ネットワークが共存にとって鍵となるという理論的立場を固めた上で、現実の世界におけるネットワークの可能性と課題についてバルセロナとマルセイユで調査する。 バルセロナでは反うわさ政策を通じてネットワークが形成されていることが、マルセイユでは北アフリカ系の2世3世の若者が市役所とその他の移民をつなぐネットワークを形成していることが有名である。そのネットワークがどの範囲の人々に及んでいるのか、効果はどのようなものか、どの人々にはまだ及んでいないのか、これまでのネットワークが十分果たせなかった機能は何なのか、などを明らかにする。そのために質問項目を整理する。 聞き取り調査を行う部署についてもまとめる。中心となるのは市役所内の住民の統合に関する部署だが、バルセロナにおいては反うわさ政策に関わっている各種の団体や個人、その動きに懐疑的なマジョリティ、受益者となるはずのマイノリティの人たちにたいして、マルセイユでも市役所を皮切りに、行政とマイノリティを結ぶ若者グループ、その動きに好意的、懐疑的な人々に対して、聞き取り調査を行う予定である。 調査対象となる機関・組織には連絡を入れて、今年度末までには現地調査を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究は理論編と実証編から成り立っており、実証編では1年目は日本国内で多様な文化の共存に取り組んでいる自治体に聞き取り調査に行く予定であった。しかし、理論編の研究に時間が予想よりも取られたために、聞き取り調査としては沖縄県にしか行くことができなかった。 2年目はバルセロナとマルセイユに調査に行く予定であり、本格的な海外調査なので費用もかなり掛かるものと予想される。初年度に使用しきれなかった金額はそれに合わせて使用する予定である。
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