研究課題/領域番号 |
22K02542
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研究機関 | 東京学芸大学 |
研究代表者 |
坂口 謙一 東京学芸大学, 教育学部, 教授 (30284425)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 新制中学校 / 職業科農業 / 中学農業 / 複合的・多角的農業 / 経験単元 / 作業単元 / プロジェクト・メソッド |
研究実績の概要 |
本研究は、1947年、新制中学校に誕生した職業科のうちの農業科(以下、職業科農業とする)に焦点を当て、戦後最初の文部省著作教科書『中学農業』(初版1947年5月~1948年1月発行)と『学習指導要領 職業科農業編(試案)昭和二十二年度』(1947年11月)の内容を中心に、職業科農業におけるプロジェクト活動の位置づけと形成過程、及びその特質と技術・職業教育的意味を明らかにすることを目的としている。 令和4年度の最も中心的な課題は、『中学農業』の内容分析とした。この教科書の編纂主任であった島田喜知治(文部省教科書局)が述べた「郷土に立脚して展開されるプロジェクト学習」という同書の特徴の解明である。この結果、大きくは次の2点を解明した。 第1に、『中学農業』は、日本国民の標準とすべき農業を、主に、(1)水田作と畑作などから成る作物栽培、(2)畜産等の飼育、(3)食品製造等の加工、の3種を適宜組み合わせた複合的・多角的農業としていたことである。第2に、『中学農業』は、こうした先進的な農業の複合化・多角化の実現・推進を前提として、中学生に対し、自らが生きる地域(「郷土」)の農作業上・農業経営上の基本的な諸問題に立ち向かわせ、それを合理的・科学的に解決させる力を育むことを目指していたと考えられたことである。そして、この教科書では、「夏の野菜(野菜の栽培その一)」「工芸作物(土地利用その二)」「どんなしくみの経営をしたらよいか」など、農作業・農業経営活動の一定のまとまりが最も基本的な単元となっていた。すなわち、これらの各単元は、経験単元ないしは作業単元であり、『中学農業』は、この教科書全体を通して、中学生一人ひとりに対し、自らの居住地域における農業の複合化・多角化の実現・推進という一大「プロジェクト」を課し、プロジェクト・メソッドに近い教育課程編成原理を採用していたと考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究は概ね順調に進んでいる。前述のような『中学農業』が中学生に対して要請した学習課題とは、プロジェクト・メソッドの開発者キルパトリックが言う「社会的環境における全精神を打ち込んだ目的ある活動」としての「プロジェクト」に事実上等しいと考えられた。また、『中学農業』が目指していた、それぞれの地域に適した農業の複合化・多角化の推進は、21世紀の今日においても農業経営上の重要な実現すべき課題とされており、その意味で先進的であった。なお、複合的・多角的農業のような科学化・合理化が進んだ現代的農業は、形式的に見ると、作付けや生産規模、農作業計画等の立案→農作業の実施と観察・記録→農業簿記等による経営分析といういくつかの段階を経る1年~数年単位の生産過程を計画的に構成し、継続的に経営内容を改善していく必要性が著しく高まったものである。 そして、もう一つの主要な分析対象『学習指導要領 職業科農業編(試案)昭和二十二年度』は、中学生に対し「具体的な仕事を通じて」学ぶことを課しており、それは「中学校に学ぶころの生徒」にとって、「実際の仕事を行うときに」「その仕事の個人的な意義、社会的な意義を十分にさとって仕事に向かい、しかも、それをいっそうよく、能率的になしとげようとしてくふうしたり、興味ある問題にぶつかったら、それを深く研究したり」することが期待できると考えているからであった。 以上のような分析結果は、たとえば、本研究の研究代表者がこれまでに着手してきた研究のうちの「ノンエリート農村『青年』の経験単元型農業実習に関する歴史的研究」(平成26年度~平成29年度、基盤研究(C))及び「帝国日本総力戦体制下の技術・職業教育に見る国民的プロジェクト活動に関する研究」(平成30年度~令和3年度、基盤研究(C))の研究成果との接続が鮮明になってきた。
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今後の研究の推進方策 |
次に本研究が、令和4年度の研究成果の上に、令和5年度と令和6年度の2年間で取り組むのは、『中学農業』と『学習指導要領 職業科農業編(試案)昭和二十二年度』の編纂過程を、占領軍文書(GHQ/SCAP Records)のうちのCI&E教育課関係資料を通して調査・分析することである。とくに、令和4年度に明らかにした、島田喜知治が言う「郷土に立脚して展開されるプロジェクト学習」の位置づけの立案・検討・確定の過程を実証的に解明することを目指す。島田は、『中学農業』の編纂主任であり、『学習指導要領 職業科農業編(試案)昭和二十二年度』の日本側担当者であった。島田の回想記録によると、この過程は日本側が主導して進行し、占領軍側の強力な指導はなかった。これらのCI&E教育課関係資料を利用した調査・分析は、事実上、本研究の中心課題である。 CI&E教育課関係資料は、日本国内では国立国会図書館等にマイクロ資料として所蔵され、閲覧・複写が可能である。本研究代表者自身の研究成果及び関連する先行研究の成果から、当面の分析の対象となる具体的な資料群はおよそ見当が付いている。CI&E教育課において、職業教育や生涯教育、中等教育の部門を担当していたモス(Moss, L.Q.)、オズボーン(Osborn, M.L.)、ボールス(Bowles, L.J.)らが署名者となった会議報告書(Conference Report)、及びCI&E教育課の定例報告書(Weekly Reportなど)である。 分析の対象とすべき主要な時期は、1946年9月頃からの約1年間と推定されるが、『中学農業』には「修正」版が存在し、その最後の発行が、現時点では1950年3月と見受けられるため(使用は1952年度まで)、本研究が対象とする時期設定、なかでも終期の位置づけは、今後、本研究の進展に応じて確定させる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の予定では、本研究1年目の令和4年度に、可能であれば、続く令和5~6年度に行うCI&E教育課関係資料分析の準備をしたいと考えていた。CI&E教育課関係資料はマイクロ化されている。近年、マイクロ資料の利用に際して、画像情報をPDFやjpeg等の画像データに変換するデジタル化を行い、利便性を飛躍的に高める手法が普及している。本研究においても、CI&E教育課関係資料分析に際して、このマイクロ資料のデジタル化を行う。このため、令和4年度のうちに、マイクロ資料のデジタル化の作業に着手したいと考えていた。令和4年度にこのための機材を購入したが、残念ながら、マイクロ資料のデジタル化の作業に着手することはできなかった。令和4年度の研究費に未使用額が発生したのは、大きくはこのためである。なお、マイクロ資料のデジタル化の作業については、謝金雇用のアルバイターを活用する予定である。このように令和4年度の未使用経費は、令和5年度に繰り越すことによって、当初予定していたマイクロ資料のデジタル化の作業を行うことが可能になる。したがって、令和5年度の研究計画を変更せずに、未使用額を含む研究経費を執行することが可能である。
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