研究課題/領域番号 |
22K02601
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研究機関 | 兵庫教育大学 |
研究代表者 |
河内 勇 兵庫教育大学, 学校教育研究科, 教授 (30585203)
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研究分担者 |
松村 京子 佛教大学, 教育学部, 教授 (40173877)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 読譜指導 / 視線分析 / アイ・トラッカー |
研究実績の概要 |
本研究では音楽科教育における「表現」領域の技能習得の観点から,特に読譜時や演奏時の視線の動きに着目し,教科書教材曲の効果的な指導法の構築に向けて,その特徴及び問題点を視線計測により可視化しながら分析してきた。演奏時や読譜時には,楽譜を「読む」ことに対して主に「演奏できた」「できなかった」という結果から「読めた」「読めなかった」と判断するしかない。しかしながら,具体的な視線の動きや停留を視線分析装置により追跡・分析することで,それらの特徴を数値化・体系化し,個々読譜の指導に繋げることを目的としている。 本研究における視線計測については,「視線の停留回数」や「視線の停留時間」に的を絞った上で,アイ・トラッカー(Eye Tracker)を用いた研究手法を用いている。アイ・トラッカーによる視線計測では,読譜中や演奏中の視線の動きを時間軸に沿いながらリアル・タイムで追跡することが可能である。音楽の学習者にとって,読譜や演奏中に楽譜を読んでいるその瞬間には自身の読譜等のトラブルがどこにあるのかを自覚することは難しい。しかしながら本研究では,アイ・トラッカーによる視線計測で得たデータ分析により,今までは明確にすることができなかった読譜上の傾向や課題を可視化しながら研究を進めている。 令和4年度は,小学校音楽科の教科書教材曲を用いて視線測定実験を行い,それらのデータの分析を主に行なってきた。まだ,全ての分析は終了していないが,今後さらなる視線測定実験を続けていく予定である。先行研究では,熟練者や上級者の演奏中の「先読み」等を視点とした視線分析は見られるが,学校における学習者を視点としたものはほとんど見られない。本研究から得られた結果や分析を通じて,学校における新たな読譜指導の教材開発に繋がることを期待している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和4年度は,小学校音楽科教科書教材曲を用いて,初見視唱をする際の視線がどのように動くのかを明らかにするための視線計測実験を行った。教員養成系の大学生の65名を対象に行い,計65名の視線データを得ることができた。被験者は音楽経験者の36名と,未経験者29名であり,課題となる教科書教材曲をアイ・トラッカーのモニター上に提示し彼らの視線停留を計測した。実験では,歌唱前の読譜時の視線と,歌唱中の視線の両方を対象とした。 課題となる教材曲は小学校3年生の歌唱曲であるが,曲の冒頭からの2段分(合計8小節)掲載の1ページを課題とした。課題ページには,楽譜部分と歌詞の部分(各2段分),さらに挿絵の部分や説明のテキスト部分などに分けた計7カ所を興味領域(AOI)として設定した。これらのAOIに対する視線停留回数と視線停留1回あたりの平均視線停留時間を計測した。歌唱前の読譜の時間は10秒間に設定しており,その後数秒間のインターバルを経て歌唱も行った。この課題では,各AOIに対する両群の視線の特徴ばかりでなく,各群における読譜時と歌唱時の視線の違いにも着目している。実験結果から見えることは,音楽経験者は読譜時には歌詞や挿絵,説明用テキストなどよりも圧倒的に楽譜部分のAOIに視線が集中しているが,歌唱時には楽譜と歌詞に等分に見る傾向にある。一方で,未経験者は読譜時,歌唱時ともに歌詞に対する興味・関心が高い傾向にある。詳しい結果の詳細は未だ分析中であるが,これらの分析結果やデータを整理して文章にまとめ始めているところである。 またこの計測実験では,モニター側のビデオカメラから実験中の被験者の様子も動画で保存されている。そこから目の動きをビジュアル的に計測できるため,読譜と実際の演奏(歌唱)との時間差からくる楽譜の「先読み」(Eye Voice Span)の計測も行う予定である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の方向性としては,まず今まで得られたデータの分析結果と考察をまとめて文章として仕上げて発信していくことである。そして,先行研究や現在進行している他の研究の情報を収集するために積極的に学会や研修会等に参加していくことを予定している。視線停留回数は情報を得る際の「興味」や「関心」が 反映(Gegenfurtner, Lehtinen, & Saljo, 2011)され,視線の停留時間は視線対象に対する「情報の読み取り」に関与する (Hutton & Nolte, 2011)とされる。先行研究では,熟練者が楽譜を読む際の視線分析は存在するが,学習者を被験者とした研究は見られないため,本研究の視線計測実験,特に楽譜だけでなく,歌詞や挿絵なども含めた課題から得た結果は今後の読譜指導に繋がる貴重なデータとなり得るし,Eye Voice Spanの測定も含めてその特徴を明らかにしていきたい。 また令和5年度は,そのEye Voice Spanに関連してさらなる実験も企画している。松村・武藤(2023)によれば,アイ・トラッカーを用いたEye Hand Spanの計測では,教材曲に対する実行機能の関与として聴覚的ワーキングメモリーの影響を示唆するが,本研究ではEye Voice Spanの場合を視点とした分析を行う予定である。そのために,音楽大学の学生の協力も得た上で実行機能のテストにも取り組み,Eye Voice Spanとの関連性を分析・検討していく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
視線分析のための測定実験を行ったが,当初予定していたデータ分析に係る人件費,及び謝金を必要としなかったため。また,測定実験に係る準備や調整,整理に思いのほか時間がかかったことや,所属機関の行事予定との関係で情報収集などに係る出張経費が当該年度は当初予定より少なかったため。
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