研究課題/領域番号 |
22K03034
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
八ツ塚 一郎 熊本大学, 大学院教育学研究科, 教授 (10289126)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | いじめ / 言説分析 / 判例データベース / 論理構造 |
研究実績の概要 |
「いじめ」を言語のもたらす集合的病理と位置づけ、その構造を言説を軸に検討するとともに、予防と啓発につながる知見の摘出を試みた。ミクロな小集団現象としてのいじめには、初発の徴候から深刻な問題化まで、多くの局面に常套句の介在と作用を見出すことができる。マクロな社会現象としていじめを考える場合にも、常套句の存在とその影響を特定できる。本年度は、第1に、前年度に引き続いて、教師によるいじめ認識と指導への啓発を念頭に置いた言説的啓発実践を展開した。メタファーを意図的かつ積極的に活用し、常套句によって形骸化した私たち自身の認識を脱構築することがその主眼である。具体的には、教員養成課程学生に対するメタファーを活用した実践について、一定の継続した成果を得てその効果を確認するとともに、新たな言説的バリエーションへの着想を得た。第2に、マクロな視点からの検討の試みとして、法的な言説を対象とする新たな分析を試行した。具体的には、判例データベースを素材として分析を試行した。裁判例という言説体における「いじめ」の用法を経年的に比較し、その特徴を分析した。報道言説に対するこれまでの分析と比較し、重要な共通性を見出している。第3に、ミクロとマクロの常套句的な言説相互の、相似形をなす、入れ子状の関係性に着目し、いじめ現象を説明する新たな図式への構想を得た。いじめ現象に内在する論理構造を摘出するとともに、早期に徴候を把握して対応を促進するための言説実践の可能性を検討、考察を進めている。これら分析にあたっての方法論的な基盤についても継続して検討を重ねている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
在住自治体で発生したいじめ事案の第三者調査委員会に、前年度に引き続いて従事しており、申請時当初に予定していた研究活動については本年度も修正と調整が必要となった。他方で、重大な社会的課題について、最前線での調査実務に当たる経験を通して、研究者としても重要な示唆や知見を得た。「いじめ」と呼ばれる現象の複雑さ、その影響の大きさ、対応にあたって求められる配慮のあり方を省察し、研究に反映させるとともに、実践と啓発へとつなげていくことが、研究者としての使命であり本研究にも求められる責務であると考えている。前年度から継続する言説的実践に加え、本年度の研究では分析対象として裁判例を取り上げ、判例データベースを用いた検討を試行した。いじめ現象・いじめ言説に新たな観点からアプローチし、その社会的影響や、実務的言説との相違を検討することで、問題の広がりと課題についても認識を深めた。同時に、これまで取り組んできた言説的アプローチとの共通性を見出すことができ、常套句的な言説の作用と弊害についても新たな視点を得た。メタファーを活用した実践の有効性を確認するとともに、ミクロとマクロの言説の交錯を通して、いじめの論理構造という新たな着想と分析視座に至り、考察をさらに進めている。関連領域の研究者とさらに討議するなど研究を拡張する必要はあるが、おおむね順調に研究は進捗していると判断している。
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今後の研究の推進方策 |
研究の最終年度に向けて、以下の2方向を軸に、研究の発展と取りまとめを構想している。第1に、いじめ現象をめぐる常套句的言説について、その根幹にある論理構造を摘出することを、最終年度の課題、さらに次年度以降の新たな研究計画の基軸として設定したい。今回の研究計画、および調査実務などの社会活動を通して痛感したことは、いじめと呼ばれる現象が、常套句に象徴されるように定型化しがちである一方、その内実におよそ多様なバリエーションを持ち、ときに矛盾するほど錯綜している実情である。メディア報道も常套句に依拠しがちであるが、研究者自身の認識も常套句的な認識に規定されがちであり、いじめという複雑な現象の本態を見落としているのではないかと痛感せざるを得なかった。既存の資料を検討し直し、表層的な集団力学的形態の背後に潜在する、本質的な論理構造を摘出すること。その着想や知見を研究者共同体において共有していくことを、取りまとめ課題および今後の長期的な研究課題として設定する。第2に、より短期的かつ実践的な課題として、継続して取り組んできた、メタファーを活用する言説実践を、さらに多角的に展開するとともに、広く周知し社会実装へとつなげていく。申請者による「火事のメタファー」を中心とした言説実践は、少なからぬ研究者および実務家から支持を得ることができた。この内容をさらに広げるとともに、多方面での普及をはかり、研究と実践の双方で対話を喚起していくことも、最終年度における基軸をなす重要な課題である。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍の影響が本年度も一定程度残存し、資料収集や学会発表など出張計画に対する変更も必要となった。また居住自治体におけるいじめ事案についての第三者調査委員会としての活動のため、研究計画についても当初の予定から若干の変更が必要となり、次年度使用額が生じている。最終年度においては研究活動も完全に平常化する見通しであり、研究活動に必要な予算を順次適切に遂行していく予定である。
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