研究課題/領域番号 |
22K03209
|
研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
松本 絵理子 神戸大学, 国際文化学研究科, 教授 (00403212)
|
研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | 注意 / ネガティブバイアス / 個人差 / 認知制御 / トップダウン |
研究実績の概要 |
人間の知覚情報処理には限界があり,環境周辺の全ての情報を意識的に知覚することは困難である。そのため注意機能により情報の選択が行われる。注意が向けられる対象には物理的に顕著である以外に,情動的に顕著な刺激も含まれる。例えば天敵など脅威となる情報,あるいは報酬に繋がる情報などに対する知覚処理を優先させることで適応的な行動をとることができる。特に,脅威に対する優先処理はネガティブバイアスとして知られている。しかし多くの研究が脅威情報に接した後のプロセスに焦点をあてているが,脅威に関わる事前情報が与えられた場合の心的処理過程については不明な点が多い。 本研究では心理学実験と脳機能測定を併せて用い,事後に呈示される妨害刺激関する事前情報がもたらす注意制御過程への影響を,認知課題と事象関連電位の相互の解析により明らかにすることを目的とする。令和5年度は昨年度に引き続き,心理学実験データの収集と解析を進め,脅威情報に伴う心的処理の影響に関する知見を整理した。さらに脳波実験の為の予備データの取得に着手した。実験では高速逐次視覚呈示法(RSVP)パラダイムを用いて脅威刺激呈示による後続課題への影響を調べた結果,脅威刺激について予め教示され,トップダウンに注意を向ける必要がある場合には,特に後続処理に対して妨害的に働くことが示された。 これらの結果は学会・研究会にて報告を行うと共に,追加の検討を行って学会誌への投稿を準備している。また,トップダウンの注意制御機能と不安特性,曖昧耐性,反芻思考などの個人差との関係について予備的な調査に基づいて,尺度を構成し,脳波成分との関連についても分析を進めることを計画している。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
昨年度に引き続き心理学実験を中心に進めた。脳波研究では,実験デザインを含め予備調査に着手したが,実験時間や参加者の負担を考慮し,乾式電極を持つより軽量の機器の調査等を行ったため脳波研究の進捗が予定よりもやや遅延している。 心理学実験では,脅威情報が先行呈示された場合の後続刺激への注意制御について,処理水準を変化させた検討を行った。先行研究からは脅威に対し自動的に向かう注意には個人差は小さく,脅威に対する回避処理はトップダウン制御により行われる可能性が高いことが示唆されている。また不安感や抑うつ傾向などの心的特性の個人差との関係も注目されている。2023年度は引き続き,刺激呈示と課題処理間の影響の時系列を高速逐次視覚呈示法パラダイムを用いて,脅威刺激へのトップダウン操作を要因として分析を行った。実験1では脅威刺激に対する指示はなく,課題非関連刺激として50%の確率で系列内に呈示された。実験2では脅威刺激の呈示確率は同等であるが,脅威刺激に対する意図的な操作を求めた。その結果,意図的な操作を求めた実験2のみで有意な注意捕捉がみられた。更に,脅威刺激の形態特徴処理成績の高い個人よりも低い個人の方が脅威の影響を強く受けた。この結果は脅威情報でも別次元への注目を誘導することでネガティブバイアスの程度を操作し得ることが示唆される。本研究については2023年3月の注意と認知研究会で発表したものに,再解析と追加データを取得し投稿予定である。さらに2023年度にはリスク認知と個人特性について検討を進め,特性不安,反芻思考,孤独感,曖昧耐性と将来リスク認知との関係について海外学会で発表を行った(Matsumoto, 2023, KPA)。特に,特性不安と孤独感はリスク認知に影響を及ぼし得ることから,脅威情報処理の個人差研究の尺度として検討を進めたい。
|
今後の研究の推進方策 |
2024年度は脅威に対する処理水準を操作し,注意を向ける特徴を変化させた場合の課題成績への影響を検討し,トップダウン処理による脅威情報の制御について心理学実験及び脳波計測実験を用いて進めたい。脳波実験については,2023年度に乾式電極を備えた脳波計測装置を導入し,プレテストを行っている。本装置は装着が短時間で行え,ジェルによる洗髪の必要もないことから実験参加者への負担が少ないことが特徴である。また軽量であり,試行数が多く実験時間がかかる脳波研究において,装用の快適性が従来の装置と比較して高いことも利点となる。半面,チャネル数に限りがあるなどの点があることから,従来のジェル式電極を用いた実験に併用し,関心領域を絞った上で実験に用いることを予定している。また,2023年度には空間的注意の誘導による対象への選好評定への影響について検討を行い,先行する空間的注意の移動が後続する選好性や信頼性などのポジティブな感情評価を高めることを報告した(福川・松本,2023)。これはポジティブ感情特有の効果であるのか,時間的に先行して注意が誘導される場合には,感情価値の増強が生じるのかについては明らかではない点がある。今年度も引き続き,ネガティブな感情価に対する注意の影響を検討し,ポジティブ感情とネガティブ感情での空間的注意の先行効果は対称的であるのか,それともネガティブバイアスを持つのか,について検討を続けたい。また,2023年度に引き続き,感情価に対する心的な個人特性との相互作用を検討し,心的特性と感情価の事前処理と抑制のモデル化について検討を進める。これらの心理学実験・脳波実験のデータと個人差の検討について実験デザインの最適化について今年度前半を中心に進めながら,現時点での心理学実験の公表を進め,データ取得と分析を今年度後半に実施したい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
脳波実験の計画が,装置の更新とそれに伴う環境整備等の必要性の理由から,やや時間に遅れが生じたため,実験補助者,参加者等の謝礼に使用する経費の使用を次年度に使用する必要性が生じた。また,データ分析に用いる機器の購入等を実施する予定で進めていたが,脳波研究の計画が全般に少し遅れた事,購入を希望する装置の金額が予想より高額であったため,スペック等を見直し,再度選定を進める必要があった等の理由が挙げられる。また旅費については,開催地が近隣であった事やオンラインでの参加が可能であった事,などから予見していたよりも支出として低額となった事が挙げられる。
|