研究課題/領域番号 |
22K03217
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研究機関 | 京都橘大学 |
研究代表者 |
坂本 敏郎 京都橘大学, 健康科学部, 教授 (40321765)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 他個体認知 / 前頭前皮質 / マウス / 社会的動機づけ |
研究実績の概要 |
本年度より、マウスを対象に新規の他個体弁別課題を確立する研究を開始した。報酬と他個体を連合させる迷路課題と条件性弁別課題を統制マウスに実施した。迷路課題では、8方向迷路の3本の走路を用いて、各走路の中間地点に透明の筒に入った刺激マウスを設置し、テストマウスが刺激個体を弁別しながら能率よく報酬を得ることができるかを検討した。条件性弁別課題では、特定の刺激マウスを呈示した時に報酬を与え、別の刺激マウスを呈示した時には報酬を与えないという条件づけを行った後、これらのマウスへの選好性を検討した。現在、結果の詳細な分析を行っている。並行して、前頭前皮質のオキシトシン受容体がマウスの他個体弁別課題に果たす役割を検討する研究、前頭前皮質の脳梗塞マウスの社会性、情動性を測定する研究についても実験を開始した。 これまでの継続研究として、マウスの社会的認知機能における前頭前皮質の役割を検討した2つの研究を学会で発表し、海外学術雑誌への投稿を行った。前頭前皮質を損傷したマウスに、3日間連続して他個体認知テストを実施し、短期と長期の他個体記憶に果たす前頭前皮質の役割を検討した。その結果、幼若刺激マウスに対して統制マウスは長期記憶と短期記憶とを形成できた一方で、前頭前皮質損傷マウスは長期記憶に障害を示した。これらの結果より、マウスの前頭前皮質が長期の他個体認知に関与していることが示された。また、マウスの前辺縁皮質もしくは前部帯状皮質を損傷したマウスに他個体認知テストと社会的動機づけテストを実施した。その結果、前辺縁皮質損傷マウスは同じ他個体への馴化は生じるが、新規マウスと既知マウスを弁別することができなかった。また、成熟した刺激個体に対して接近行動が障害された。これらの結果より、マウスの前辺縁皮質が他個体弁別と他個体接近行動との両方に関与することが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度に予定していた新規の他個体弁別課題を確立する研究として、報酬と他個体を連合させる迷路課題と条件性弁別課題を実施した。さらに、社会的認知機能に関与する前頭前皮質の分子機構を解析するために、オキシトシン受容体がマウスの他個体弁別課題に果たす役割を検討している。前頭前皮質にエンドセリン1を投与し、脳梗塞マウスモデルマウスを作成し、社会性、情動性を測定する研究についても実験を開始した。 新規他個体弁別課題おいて、迷路課題では、マウスが特定の刺激マウスを手掛かりに報酬を得ることができるかを検討した。結果として、マウスは報酬を得る学習はしたが、他個体を弁別して能率的に報酬を得ることはできなかった。条件性弁別課題においても、報酬と条件づけられた刺激個体に対する選好性は認められなかった。今後、詳細な結果の解析が必要であるが、これまでの結果では、報酬を用いた他個体弁別課題の確立は難しいと考えられる。原因として食餌制限を受けた動物の注意が他個体に向かないことが考えられ、今後課題の工夫が必要とされる。一方で、オキシトシン受容体がマウスの他個体弁別課題に果たす役割を検討した研究は順調に進んでいる。オキシトシン受容体阻害剤を投与したマウスは容量依存的に他個体認知機能が阻害されているという結果が得られており、2023年度の学会で発表する予定である。脳梗塞マウスモデルマウスの社会性、情動性を測定する研究については結果を解析中である。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究結果を踏まえて、発展させていく研究テーマと改善が必要な研究テーマがある。前辺縁皮質が他個体弁別と他個体動機づけに関与することを明らかにした研究、前頭前皮質が長期他個体記憶に関与することを明らかにした研究は、いずれも英文学術誌に掲載され、今後も研究を継続していく。次年度から、前辺縁皮質とその連絡部位である腹側海馬、扁桃体基底核で形成する神経回路が、短期と長期の他個体認知にどのような役割を果たすかを検討する。この計画では、馴化試行を3日間3試行ずつ行い、その後、既知マウスと新奇マウスとを同時に探索させる弁別テストを実施する。馴化試行を複数回行い、その後弁別テストをするという他個体弁別課題はこれまで実施されておらず、新規の他個体弁別課題を提案することにつながる。 迷路課題と条件性弁別課題を用いた他個体弁別課題は改善の必要がある。条件性弁別課題では飼育ケージ内で長時間にわたって条件づけをするなどの改善索を考案している。脳梗塞マウスモデルマウスの社会性、情動性を測定した研究については結果を解析し、その後前頭前皮質に障害を持つマウスの回復過程を検討していく予定にある。脳に障害を受けたマウスの回復過程を検討するためには、豊かな飼育環境を確立する必要があり、飼育環境内に Running wheel(輪回し測定機)を設置し、自発的運動を促進する実験系を整備する。また、他個体認知テストはテストマウス間での個体差が大きい。そのため、同じ飼育ケージ内にいるテストマウスの社会的順位に着目し、飼育環境での社会的順位が他個体認知テストに及ぼす影響を検討する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
2022年度に投稿した論文の1つがオンライン英文雑誌であったため、比較的高額の掲載料が必要とされた。その論文の審査が予想よりも長くかかり、掲載料の予算を次年度(2023年度)に繰り越した。さらに、2023年度は脳障害動物の行動の回復過程を検討するために豊富な環境を確立する必要があり、Running wheel(輪回し測定機)を用いた自発的運動のシステムの購入を検討している。2023年度についても、研究成果を学会で報告するための国内旅費、今年度の実験にかかる消耗品、英文論文投稿のための英語校正費も予定通り必要となる。
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