研究実績の概要 |
本研究代表者は今までの一連の研究において、格子偏極K3曲面の周期写像を構成し,その逆対応が多変数の保型形式を与える場合を調べてきた.そのような保型形式は幾つかの場合に複素鏡映群の不変式にテータ関数を代入する形で表示される.本研究の目的はこのようなK3曲面を整数論に応用することと,この現象の背後にある原理を追求することである. まず,保型形式が階数5の例外型複素鏡映群の不変式とテータ関数で明示的に表示されるようなK3曲面族で,主偏極アーベル曲面のクンマー曲面の族が自然に含まれるものを見出した.そのK3曲面族の格子構造を決定し,またクンマーサンドイッチの拡張と見做せるK3曲面の間の二重被覆構造を詳細に考察した.この結果は志賀弘典氏(千葉大)との共著論文で,本年度最終修正が行われ,オンライン出版された(Mathematische Nachrichten, DOI:10.1002/mana.202100552). 次に,3次元トーリックFano多様体と双対の関係にあるトーリック多様体の超曲面として出現するK3曲面族の格子構造を決定した.この結果はミラー対称性におけるドルガチェフの予想がある場合に正しいことを証明する.この研究においては,昨年度金沢大学の大学院生であった松村朋直氏が構成したK3曲面上の切断付き楕円ファイバーが重要な役割を果たす.この結果は松村氏との共著論文として本年度執筆され(arXiv:2208.01465),現在投稿中である. これらの結果を整数論に応用するうえで,多変数テータ関数の代数関係式が大きな役割を果たすと予想される.本研究代表者は本年度,I型有界対称領域上のテータ関数が満足する代数関係式を与える方法を与えた.これはヤコビのテータ関数が満足するリーマン関係式の自然な拡張である.この結果は単著論文にまとめられ(arXiv:2301.09243),現在投稿中である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の研究成果により,階数5の例外型複素鏡映群の不変式に関係するK3曲面においては,クンマー曲面との関係や,クンマーサンドイッチと呼ばれる現象との関連性も含めて,詳細な代数幾何学的な状況が明らかになった.より一般の複素鏡映群とK3曲面との関係を予想・考察する上においても,またテータ関数が備える数論性を介して整数論的な考察を目指す上においても,今後の研究で有益であると予想される. K3曲面の具体的な構成方法には様々な手法が存在するが,3次元トーリック多様体の超曲面としてK3曲面を構成することは一つの重要な手法であり,またこのようなK3曲面は良い性質を持つことが知られている.Fano多面体に対応するトーリックK3超曲面の格子構造を素朴な証明で決定した論文arXiv:2208.01465は,この分野における確実な結果を与える.この論文で扱われたK3曲面のうちの幾つかは興味深い格子構造を持つことが示されており,今後それらを取り上げて詳細な研究がなさされることが期待される.さらに,トーリック多様体の超曲面におけるミラー対称性の研究にも確実な立脚点を与える可能性がある. 本研究者の研究成果を整数論に応用することを目指すうえで,テータ関数をシステマティックに扱う方法を研究期間中の得ることは,本研究期間の早い段階において目指す課題であった.arXiv:2301.09243のI型有界対称領域上のテータ関数が満足する代数関係式を与える方法は,エルミート行列が定める組み合わせ論的な性質に基づくシステマティックなものであり,K3曲面と複素鏡映群の整数論への応用だけに限らず,別の目的にも応用される可能性があると期待している. 以上の理由により,本年度は研究の長期的な目標から見て,おおむね順調に進展していると評価したい.
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今後の研究の推進方策 |
今年度出版された論文(Mathematische Nachrichten, DOI:10.1002/mana.202100552)は以下のように今後の研究の進展において重要な指針を与えると期待される. 本研究実績書執筆時点において,この論文の研究対象のK3曲面には非シンプレクティック的な対合が存在し,その対合でK3曲面を割った時の商多様体として得られる有理曲面を定義する方程式が,関口次郎氏(東京農工大)によって研究されている代数的なポテンシャルと非常に似た式の形をしていることがわかっている.更に,本報告書執筆時点において,他の複素鏡映群においても似た現象が起こることが確認されている.本研究代表者は周期・テータ関数・保型形式などの整数論的な研究手法を用いている一方で,関口氏の研究手法はフロベニウス幾何学やWDVV方程式などの微分幾何学的なものである.少なくとも本研究代表者にとっては,フロベニウス幾何学は全く新しい研究視点である.研究の動機や手法が全く異なるにも関わらず,得られた結果は非常に近い形をしていることを本研究者は非常に興味深く考えている. 関口氏などのフロベニウス幾何学の専門家と本年度中に複数回研究情報の交換を行っている.フロベニウス幾何学やWDVV方程式の研究には幾つかのやり方がある.特に大久保型方程式という超幾何微分方程式のある種の一般化を用いた手法が役に立つのではないかと期待している.次年度以降,関口氏をはじめ多くの当該分野の研究者と研究情報の交換を行い,本研究者の一連の研究に新しい展開を与えることを目指したい.
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