研究課題/領域番号 |
22K03373
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
稲生 啓行 京都大学, 理学研究科, 准教授 (00362434)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2027-03-31
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キーワード | 複素力学系 / 分岐測度 / ヴァーチャル・リアリティ |
研究実績の概要 |
二次多項式族のMandelbrot集合の境界の,双二次多項式族への1つの一般化である分岐測度の台は,Dujardin-Favreのlanding定理を用いて数値的に計算することができる.石井らとともに開発しているVR(ヴァーチャル・リアリティ,仮想現実)を用いた4次元可視化手法を用いて操作し,観察することで,landing写像の不連続性によって生じる「穴」が存在することを数値的に発見し,この「穴」を通過する複素直線を1つ具体的に求めていた. 数値的な観察では,この複素直線上ではほとんどのパラメータでは分岐測度の台と交わらないことが明らかであり,問題となるのは放物型不動点を持つ2つのパラメータとその近傍である.従って,この近傍が分岐測度の台と交わらないことを示すことが肝要である.これを示すために,まずLebedevの不等式を用いた放物型不動点のFatou座標の新しい評価方法を与え,更にそれを利用した精度保証つき数値計算による区間演算を用いて,この2つのパラメータの10の(-6)乗程度の大きさの近傍が,分岐測度の台と交わらないことを確認した. この「穴」の存在を厳密に示すことができれば,VRを用いて発見した初の数学の定理となる可能性があり,数学研究にVRを利用する意義を示すためにも重要と考えている. 4次元のVR可視化においては4次元の回転をどのように扱うかが大きな問題である.3次元の回転は3自由度だが,4次元の回転はその倍の6自由度あり,これをVRコントローラなどにどう割り当てる方法は色々なものが考案されている.VRコントローラの回転と並進を用いた4次元回転の操作方法について,既存のものに加えて更にいくつかの方法を実装した.現在それらの操作方法の比較も行っている.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
双二次多項式族の分岐測度の台の「穴」の存在については,そこを通過する複素直線が分岐測度の台と交わらないことを示せばよいが,理論的に非自明なのは2つの放物型パラメータである.区間演算による計算と,Lebedevの不等式を用いた新しいFatou座標の評価を用いることで,その2つのパラメータの小さな近傍は分岐測度の台と交わらないことが確認できた.これはとても大きな進展である.実際には計算量の問題があるので,この複素直線が完全に分岐測度の台と交わらないことはこの計算では証明できないかもしれないが,理論的な枠組みは完成したので,あとは現実的な時間で可能な範囲で計算を行う予定である. 以前の宍倉との近放物型くりこみに関する共同研究においては,Lebedevの不等式の特殊な場合であるGolusinの不等式を用いてFatou座標を評価していた.この共同研究においては,放物型写像から摂動できる大きさが正であることのみが示されており,摂動できる大きさの具体的な評価を与えることが大きな課題として残っている.この新しいFatou座標の評価を用いた区間演算によって,摂動のサイズの具体的が評価が可能になるだろうと考えている. またVRによる4次元のインタラクティブな可視化についても,4次元回転の操作方法を中心に石井らと議論や実装,予備実験を続けており,近く行う予定の心理実験に向けて着実に研究を進めている.
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今後の研究の推進方策 |
上記の複素直線全体が双二次多項式族の分岐測度の台と交わらないことを示す為には,放物型パラメータのもっと大きな近傍でこれを示す必要がある.現実的な計算時間でこれを示せるかどうかはまだわからないが,改良して少しでも大きな近傍で示したいと考えている.また放物型パラメータの近傍以外の部分が分岐測度の台と交わらないことは理論的には簡単だが,放物型パラメータの近くでは計算量が膨大になるので,こちらも現実的な計算時間でどの程度近くまで計算できるかが問題となる.この2つで全体を覆うことができれば証明が完了するが,なにしろ現実的に計算できる範囲で計算する予定である. 4次元のVR可視化方法や操作方法については今後も引き続き石井らと共同で議論・開発・実験をしていく予定であり, 可視化対象についても,現在計算できている分岐測度やHenon写像のJulia集合を最新の計算機を用いることでより高精度で計算することと,安定多様体や特定の力学系的性質を持つ1-パラメータ族などの絵を加えることで,力学系やそのパラメータ空間のより深い理解を目指すとともに,より高速・高精度な計算方法や,他に応用可能な手法についても研究したい.
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍によって計画より出張が少なくなり,更に2018年度からの基盤(C)をコロナ禍のために延長しており,両方の目的での出張等があったことや,参加した海外の会議には招待されたために支出の必要がなくなったことによる. 色々な研究集会や会議が対面開催に戻りつつあるので,今後それらに積極的に参加することや,より高速・高機能なVR機器の購入等に充てるつもりである.
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