研究課題/領域番号 |
22K03377
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研究機関 | 日本女子大学 |
研究代表者 |
愛木 豊彦 日本女子大学, 理学部, 教授 (90231745)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 弾性体 / 非線形偏微分方程式 / 時間無限大での解の漸近挙動 |
研究実績の概要 |
本研究では,「弾性体に対する障害物問題の解析」と「その数値解法」を課題としている。今年度は,弾性体に対する障害物問題の解析の基盤となる,弾性体の伸縮運動を記述するモデルの数学的解析に取り組んだ。 本研究において,輪ゴムのような細長い弾性体の物質を2次元平面上の閉曲線とみなした数理モデルについて考察する。これまでは,このような細長い物質の運動は定義域と値域をともに,3次元領域や1次元区間とする未知関数によって記述されて微分方程式モデルが考察されてきた。定義域と値域を1次元区間とした場合は物質の曲がりが表現できず,3次元領域とした場合は方程式が複雑になるため見通しが持ちにくいと考え,定義域を1次元区間,値域を2次元平面とするモデルを考察するに至った。開始時点で,2次元閉曲線モデルは導出済みであり,その問題に現れる非線形歪みを扱うためには,特異点をもつ応力関数の導入が有効であることがある程度分かっていた。また,応力関数の効果によって得られる歪みに対する下からの評価により,モデルの弱解や強解の存在や一意性も証明済みであった。 今年度は時間無限大における解の挙動の解析を研究課題とした。そこで,時間無限大の挙動の解析に意味を持たせるため,エネルギーの減衰を記述する粘性項を加えたbeam方程式について考察し,以下の結果を得ることができた。 まずは弱解と強解の双方について,時間に依存しない一様評価を得ることができた。本問題の設定は物質の移動について,摩擦を仮定していないため,初期値によっては物質の重心が等速直線運動によって移動するため,位置に関する一様評価が得られない。そこで,空間座標軸を重心を原点とする移動座標系に変換することにより,解に対する一様評価を示せた。また,この評価より,解の時間無限大での挙動に関する結果も証明できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上述の2つの課題に1.「弾性体に対する障害物問題の解析」,2.「その数値解法」に対する進捗状況を述べる。 1.「弾性体に対する障害物問題の解析」について 上で述べた解の時間無限大での挙動の詳細を述べる。定常問題の解を具体的に与えると同時に定常解の回転により新たな定常解が得られることから定常解の一意性が成り立たないことも分かった。そのため,時間に依存する解が定常解に収束することが証明できなかったが,定常解に収束する時間に関する部分列の存在を示すことはできた。また,強解に対する一様評価を示す過程において,強解の微分に関する正則性を高めることもできた。この評価を示す際に用いた手法は,今後検討する障害物問題の解析においても有効であると考えている。このように,弾性体の運動を表す歪み,応力関数,運動方程式に対する数学的考察を通して,本研究で扱うモデルの現象を記述するという観点からの妥当性を示すことができた。 2.「弾性体に対する障害物問題の数値解法」について 上記1の課題に対する研究が進んだため,今年度はこの課題に取り組むことはできなかったが,これまでの研究における進捗状況を述べる。上述のように本研究では,2次元平面上を動く弾性体の曲線について考察している。特に,応力関数に歪みがー1に近づくと値が負の方向に発散するという特異性を仮定している。さらに,この項を制御できるよう空間に関する4階微分の項を加えたbeam方程式を運動方程式として採用している。このような方程式において,初期値がある意味で対称であれば,解は1次元常微分方程式の解によって表現される。しかし,この常微分方程式の解は常に時間に関して周期的になるにも関わらず,数値解が不安定になるという現象が観察されている。この問題の解決に向け,不安定化の原因追究や安定な数値解が得られる解法の開発といった課題は明確である。
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今後の研究の推進方策 |
上述の2つの課題「弾性体に対する障害物問題の解析」「弾性体に対する障害物問題の数値解法」に対する今後の研究の推進方策を述べる。 1.「弾性体に対する障害物問題の解析」について 先に述べたように平面上の弾性体曲線の運動を表す方程式については,非線形歪みや特異点をもつ応力関数の扱い方が明確になってきた。その続きとして,粘性項付きの方程式の弱解が,粘性係数を0に近づけたとき,粘性項無しの方程式の弱解に収束することを示す。この場合,粘性項の効果によって解の正則性が低下するため,収束する関数空間の位相に気を付けながら証明していく。 次に,1次元において直線状の棒を垂直に硬い面に落としたときの鉛直方向の運動について考察することを,2023年度の課題とする。これは偏微分方程式で記述される最も簡単な障害物問題である。公表はしていないが,質点の跳ね返り現象と同様の動きを示す偏微分方程式系に対する数値解が得られているため,この方程式に対する解の存在や一意性を粘性項がある場合やない場合について検討する。これまでのモデルでは境界条件は常に線形であったが,跳ね返りを表すために特異点をもつ応力関数を用いており,境界条件が非線形となる。弾性体の方程式で非線形境界条件を扱う場合は少ないので,その手法を開発していく必要がある。この方程式をある程度解析できた後,輪状の弾性体曲線を硬い平面に落下させたときの跳ね返り,つまり障害物問題について我々のモデルによって考察する予定である。 2.「弾性体に対する障害物問題の数値解法」について 上述した安定な挙動を示す数値解法の開発に向けて,不安定性と方程式の係数の関係について調べる。具体的には,近似における空間分割数,4階微分の係数,粘性係数,初期歪みの大きさ等の大きさを変えながら,不安定現象が生じる時間との関係をまとめる。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナウイルス蔓延により,今年度計画していた海外での研究成果発表を中止したため,次年度使用額が生じた。次年度は,アメリカで開催される国際会議に参加し,研究成果を発表する予定である。
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