研究実績の概要 |
マグノンWiedemann-Franz(WF)則は非コヒーレントなマグノンの伝搬に伴うスピン流と熱流の関係を特徴づける物理法則である。マグノンWF則 [KN et al., PRB (2015)]を非線形応答領域へ拡張することは昨年度に成功した。そこで本年度は、コヒーレントなマグノンと非コヒーレントなマグノンの輸送物性をそれぞれ明らかにし、両者の差異を次のように解明した。 1)非コヒーレントなマグノンに着目し、磁壁のトポロジカルに非自明な磁気構造に起因した有効磁場中のマグノン輸送のふるまいを超対称量子力学を用いて明らかにした。特に反強磁性スカーミオン構造を有する磁壁中のマグノンの反射・屈折現象の量子力学的ふるまいを理論的に明らかにした。さらにラウダウアー公式を用いて磁壁のカイラリティが増加するにつれてマグノンが担う熱流が減少することを明らかにし、スピンホール効果を活用した熱流の制御方法を提案することに成功した。本研究成果はPhys. Rev. B誌から出版され、Editors' Suggestionに選出された[S. Lee, KN, O. Tchernyshyov, S. K. Kim, Phys. Rev. B 107, 184432 (2023); Editors' Suggestion]。 2)コヒーレントなマグノン着目し、マグノン・ジョセフソン効果の研究で得られた研究代表者の知見を活用することで、非局所的ダンピング由来の非エルミート性によって出現する整流作用を有する「非従来型のマグノン・ジョセフソン効果」を理論的に解明することに成功した[KN, J. Zou, J. Klinovaja, and D. Loss, arXiv:2403.01625 (2024)]。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題の目的は、マグノンに宿る量子輸送物性を解明し、従来の古典的スピントロニクスを量子スピントロニクスに昇華させることである。そこで本年度は、非エルミート量子性の観点から本研究課題を次のように推進させた。マグノンのエネルギー散逸はこれまで、ギルバート・ダンピング項として理論に取り込まれてきた [e.g., KN and Kei Suzuki, npj Spintronics (2024)]。しかし、このギルバート・ダンピング項は局所的なダンピング(エネルギー散逸)のみを記述する。そのため、現実に即した理論予測を行うためには、非局所的なダンピングを理論に取り込むことが必要不可欠である。そこで研究代表者らは、エネルギー散逸の微視的解析が可能な量子マスター方程式を用いることで非局所的ダンピングを理論に取り込んだ。そして得られた方程式をマグノンのジョセフソン接合系に適用し、そこでのマグノン輸送現象を微視的に考察した。特に、マグノンの非エルミートジョセフソン方程式を微視的に導出することに成功し、ギルバートダンピング(局所的ダンピング)ではなく、非局所的ダンピングによって初めて、マグノン流に対する整流作用が出現することを明らかにした。この整流作用により、マグノンは空間的に非対称的なふるまい(伝搬)を示す。さらに、非局所的ダンピング定数を調整することで、ある方向へのマグノンの伝搬を完全に抑制させることができ、一方通行のマグノン伝搬を実現できることを明らかにした。 このように、本年度はマグノンに宿る非局所的ダンピング(エネルギー散逸)由来の非エルミート量子物性をマグノン・コヒーレント状態に活用することで、マグノン輸送の新たな整流作用を有する「非従来型のマグノン・ジョセフソン効果」を理論的に考案することに成功し、非エルミート量子スピントロニクスの基礎学理を構築した。
|