研究課題/領域番号 |
22K03522
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
徳永 将史 東京大学, 物性研究所, 准教授 (50300885)
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研究分担者 |
松田 達磨 東京都立大学, 理学研究科, 教授 (30370472)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 量子極限 / 相転移 / 強磁場 |
研究実績の概要 |
前年度まではSb濃度約10%のトポロジカル絶縁体である試料に対して、磁場を結晶の3回軸方向に印加したときに現れる絶縁体状態に注目して研究を行ってきた。本年度は異なる組成の試料に対象を広げ、磁場誘起半金属半導体転移近傍における絶縁化現象をより包括的に研究した。 その第一歩としてBiSb合金の単結晶育成に挑戦した。これまでは過去に育成された試料を対象としていたため、使用できる組成や大きさに制限があった。本年度は研究分担者である松田の指導のもと、代表者である徳永のグループでも新しい高品質の単結晶を作製すべく、真空封管した試料をフローティング・ゾーン炉で溶融して結晶を育成した。育成した試料に対して分析を行った結果、結晶として成長はできているものの組成分布の場所依存性が大きく、成長条件の見直しが必要であることがわかった。 試料育成と並行して、過去に作製された試料に対する強磁場物性測定も行った。本年度では特にSb濃度約4%の半金属試料に注目し、磁場を3回軸と垂直に印加したときに期待される半金属半導体転移近傍の時期輸送特性を詳細に調べた。60Tまでのパルス強磁場下における磁気輸送特性の実験とそれを踏まえて行った理論計算の結果は、この磁場範囲で試料は量子極限状態にある半金属相に留まっていることを示している。このようにバンド描像では半金属であるにも関わらず、電流と磁場を平行に印加した縦磁気抵抗の測定では、系が30T以上の磁場中で顕著な絶縁化を示すことを見出した。この現象について複数の試料で再現性を確認している。その内容は複数の国内会議で高等発表した他、現在その内容を公表すべく投稿論文の執筆を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の中でBiSb合金の良質単結晶の合成を行ってきた。当初は石英管に真空封入した試料を環状炉中で移動するゾーンメルト方式で育成していたが、育成された試料の中での濃度分布が大きくなってしまい、精密な物性測定の障害になっていた。その一つの原因として、環状炉では溶融帯の体積が大きくなってしまう点が考えられた。そこで溶融領域を局所化できる赤外線加熱炉を使う方式に挑戦したところ、結晶星の良い試料の育成に成功した。現時点では溶融条件の最適化が出来ていないため、比較的大きな組成分布が残ってしまっているが、令和6年度の研究では条件の最適化を進めて研究を推進する予定である。 一方で並行して行っている既存試料に対する強磁場物性測定では順調な進展を得ている。研究の当初はSb濃度約10%のトポロジカル絶縁体試料に対して、結晶の3回軸方向に磁場を印加することでバルク状態のバンドギャップを閉じて半金属化し、その先にある再絶縁化した状態を研究していた。この再絶縁化した状態がゼロギャップ付近の量子極限状態における普遍的な現象か否かを確認するには、別のルートから半金属半導体転移に迫った上で、同様の絶縁化の有無を調べる必要があった。そこで本年度はSb濃度約4%の半金属試料に強磁場を印加した実験を中心に、磁気輸送特性の包括的な測定を行った。それらの強磁場実験と併せて行った理論計算の結果は、本研究で使用した最高60Tまでの磁場範囲では、半金属から半導体への転移が起こらないことを示した。しかし電子正孔のキャリアが共存する半金属相にありながらも、強磁場化で量子極限状態に到達すると、磁場と平行方向の電気伝導特性が絶縁化する振る舞いを観測した。本年度は多数の試料でその再現性を確認した上で、論文として公表するために必要な解析や議論を行った。
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今後の研究の推進方策 |
まずこれまでに手がけた試料作製を向上させる。これまでの挑戦で溶融帯の体積を減らすことで組成分布を若干減らすことに成功しているが、本年度はフローティングソーン炉による加熱条件を最適化し、組成分布を最小化した試料の合成を進める。 これまでの研究でSb組成約4%の半金属試料と約10%の半導体試料において、ともに量子極限化した半金属領域で新奇量子状態に由来すると見られる絶縁化が確認されている。この二つの現象を統一的に議論するために、これらの中間組成における系統的な研究が不可欠である。本年度はそのような組成の試料を合成し、系統的な物性評価を行う。 さらに縦磁気抵抗だけが絶縁化する特徴を持つこの量子相の起源を解明するため、各種の熱力学的測定に加えて、強磁場下における熱電測定や非線形伝導測定にも挑戦する。熱電測定は磁場下におけるランダウ準位の変化を最も敏感に反映する測定手段の一つであり、本研究の議論の根幹にある最低ランダウ準位の正確な評価にとって重要な鍵を与える。非線形伝導測定は絶縁化した状態を外部電場で破壊した応答を検出するために有効である。量子相の起源の一つとして期待される電子や正孔の密度波状態が存在している場合、電場印加でそれらの波のスライディング現象が期待できる。絶縁化が観測されている20T以上の磁場領域で非線形伝導現象を測定するため、最高60Tまで印加可能なパルス磁場の頂上付近で磁場がほぼ一定と見做せる数ミリ秒の間に周波数3kHz程度での電場挿引を行い、強磁場中での電流電圧特性の測定を行う。さらに非線形電動が見られた場合にはより時間分解能を高めた測定も行い、スライディング現象を特徴づける狭帯域ノイズの検出にも挑戦する。
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