研究課題/領域番号 |
22K03561
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研究機関 | 近畿大学 |
研究代表者 |
鈴木 晴 近畿大学, 理工学部, 准教授 (50633559)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 定常ずり変形 / 熱量計 / 相転移 / 液晶 / コロイド分散系 |
研究実績の概要 |
私たちは,液晶などのソフトマターで観測される「ずり流動誘起相転移」と呼ばれる現象に注目して,そのメカニズムを熱力学的な観点から説明することを目指している.本研究では,そのための実験的なアプローチとして,世界に先駆けて「定常ずり変形機構を組み込んだ熱量測定装置」の開発を行う計画である.令和5年度はプロジェクトの2年目にあたり,1年目に開発した装置Shear-DSCを用いた物性研究を行った.まず,液晶物質8CBをモデル化合物として行った測定結果を国際会議,国内会議で報告したほか,論文にまとめて欧文学術誌Soft Matterより出版した.続いて,界面活性剤CTABと水の2成分系について,コロイド相(棒状ミセル相)が関連する相転移挙動がずり変形によってどのように変化するかを調査した.はじめは,ゲル相とコロイド相(棒状ミセル)の間の転移挙動に注目したが,ずり変形によって準安定状態のゲル相が(速度論的に)大きく不安定化して,CTAB結晶相が出現することが明らかになった.そこで,このCTAB結晶相とコロイド相(棒状ミセル)との間の転移挙動に注目して,ずり変形の影響を調査した.界面活性剤CTABと水の2成分系は,測定中に水分が蒸発して濃度が変化する問題に直面し,密閉容器の製作を行った.ずり変形機構を導入するために,オイルシールなどを活用して蒸発を抑制できる容器の開発に成功したことから,この容器を用いて測定を行った.その結果,転移温度がずり変形印加によって僅かに低温側にシフトすることやずり速度を大きくすると逆に転移温度が上昇することを見出した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず,1年目に開発した装置について,装置の概要と液晶物質8CBを用いた測定例の報告を欧文学術誌より出版できたことは大きな進捗であった.また,学会等での報告により,本研究の意義について周知できたほか(国際会議で招待講演を行った),新たな研究の可能性についても議論することができた.技術的には,1年目に開発した熱量計の測定対象が不揮発性の流体試料に限定されていたため,密閉容器の開発を進めて,比較的蒸気圧の小さな液体(水溶液)の測定が可能になった.測定の対象が広がったことは大きな進捗といえる.一方,作製した容器がずり変形による機械的な刺激によって腐食する問題に直面した.錆びにくいステンレスSUS304など複数の金属材料を試したが,最終的にアルミニウム製の容器で表面の不動体膜が腐食しないうちに測定を進めてしまう方策でデータを得ることができた.しかし,この方法では,試料容器の寿命が限られており,測定ごとに容器を作り直す必要があるなど,新たな課題も明らかになった.一方,界面活性剤CTABと水の2成分系の測定結果は,ずり変形によるコロイド相の変化に留まらず,結晶の微細化に伴う転移温度の変化も検出できることが明らかになったのは予想外の発見であった.これらの成果は,論文にまとめられ欧文学会誌Thermochimica Actaより出版された.
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今後の研究の推進方策 |
今年度は,作製した装置を用いて,定常ずり変形下の転移挙動に関する研究をさらに幅広く展開する計画である.これまでの研究では,サーモトロピック液晶(8CB)では,スメクチック相とネマチック相の間の転移がずり変形の影響を受けるが,この転移はエンタルピー変化が小さいために熱的に変化を検出することが難しいことがわかり,リオトロピック液晶(CTAB-水系)では,結晶-液晶転移の変化が検出できるが,ずり変形による結晶粒径の変化も観測されることが明らかとなった.そこで,今年度は,次の対象として,高分子液晶を選ぶ.高分子液晶にはネマチック相と等方相があり,転移近傍の等方相にずり変形を加えるとネマチック相に転移することが報告されている.また,ネマチック相-等方相の間の転移は,転移エンタルピーが大きいため,熱的に変化を検出することができと期待される.今年度前半は,液晶ポリマーの合成を行う.ポリマーの骨格にはシロキサンを採用し,液晶メソゲンは,スペーサー長や末端基を変えられるようにする.合成に成功したら,作製した装置でShear-DSC測定を行う計画である.また,ポリマーの長さが転移の変化に及ぼす影響についても調べを進めていく計画である.
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究を始める前は,定常ずり変形機構を断熱型熱量計に適用する計画であったが,より効果的な方法として,定常ずり変形機構を示差走査熱量計と組み合わせる方が第1ステップとしては有効であることがわかり,研究計画が変更になった.このため,装置の製作費用を抑えることができ,測定と装置改良により多くの経費を導入することが可能になった.3年目は,新しい研究対象として液晶高分子を採用して,その合成に前年度の残額を充てる計画としている.また,液晶高分子は,粘性が高いため,装置のずり機構を強化する必要があり,この改良箇所に残りの経費を充てる計画である.
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