研究課題/領域番号 |
22K03619
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
北澤 正清 京都大学, 基礎物理学研究所, 講師 (10452418)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 格子QCD / エネルギー運動量テンソル / 中間子 / 重力形状因子 |
研究実績の概要 |
本研究では、格子QCD大規模数値シミュレーションにより静的クォーク周辺のエネルギー運動量テンソルの空間分布を測定することを目指している。エネルギー運動量テンソルの測定には、グラディエントフローに基づくSFtX法と呼ばれる手法を用いることで効率的な測定を実現する。このような測定を真空及び超高温物質中におけるクォーク解放相転移温度前後で行うことにより、中間子構造やクォーク閉じ込めを微視的に理解するための知見を得る。 当該年度は前年度に続き、現実クォーク質量の格子QCDシミュレーションにおけるSFtX法の有効性の確認の研究に取り組んだ。グラディエントフローを用いた熱力学量の測定において前年度に問題となっていた数値計算結果に関して、自己相関時間が極めて長く真空の配位が熱化していない可能性が浮上したため、この数値解析の再計算を行っている。熱化の確認には膨大な計算時間を要するため、この解析は現在も継続中である。 この研究と並行して、エネルギー運動量テンソルに関連した派生的な研究にも取り組み、複数の成果を挙げることができた。我々は以前に、境界条件が課された純ゲージ理論のエネルギー運動量テンソルをSFtX法を用いて測定する研究を行い、境界条件に対する奇妙な応答を得ていた。当該年度は、我々がこのような系を記述するために昨年度提案した有効模型を改善する研究に取り組んだ。これにより、以前の有効模型では数値計算結果をうまく再現できなかった問題が、ポリヤコフループの相互作用項を導入することで劇的に改善することを示した。さらに、境界条件の変化に応じて一次相転移が発現するという興味深い結果を得た。また、1+1次元系に現れるキンク解周辺のエネルギー運動量テンソルを量子効果を含めて解析する研究も行った。この研究で得られた重力形状因子は、本研究で得られる数値計算結果を理解する際の参考になりうるものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究ではSFtX法を用いてエネルギー運動量テンソルの測定を行うため、この手法の信頼性の検証が重要なステップとなる。我々は以前に、純ゲージ理論およびクォーク質量の重いQCDにおいてこの手法を用いた解析を行い、有効な結果を得ていた。しかし、昨年度に初めてこの手法を現実クォーク質量の格子QCDシミュレーションに適用したところ、この手法で計算された熱力学量が従来の結果と大きく異なる振る舞いを示すという予期しない結果が得られた。本研究課題の遂行にはこの問題の解決が必須である。現在、真空のゲージ配位生成において熱化に至っていない配位を使っていたことが原因の可能性を調べている。しかし、現実クォーク質量の格子QCDシミュレーションは大きな数値計算リソースを必要とすることもあり、最終的な結果を得るには至っていない。 その一方で、本研究の派生的な研究課題で複数の成果が得られるという有用な進捗も得られた。特に、境界条件が課された純ゲージ理論のエネルギー運動量テンソルを研究するための有効模型を用いた研究での成果を強調したい。これにより、グラディエントフロー法で以前に得ていた数値計算結果の考察が可能となった。本年度は特に、我々が以前に得た数値シミュレーション結果をうまく説明する模型の構築に成功したほか、この模型の解析が未知なる一次相転移の存在を示唆するという極めて興味深い結果が得られた。この結果については、今後SFtX方を使った数値計算によって検証していく予定である。また、1+1次元系に現れるキンク解周辺のエネルギー運動量テンソルを量子効果を含めて解析する研究についても、本年度に論文を出版できたことは大きな成果であった。
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今後の研究の推進方策 |
今後の最重要課題は、SFtX法を用いた熱力学量測定の数値シミュレーションで発生した問題の解決である。現在進めている追加の数値シミュレーションが終わり次第、熱力学量測定に関する研究成果を論文として発表し、本研究課題の基盤技術を確立したい。その後に、本研究の最終目標である静的クォークおよび中間子周辺のエネルギー運動量テンソルの空間分布の測定へと研究を進めることを予定している。 その一方で、現実クォーク質量における数値シミュレーションの問題が解決できない場合も見据え、SFtX法が機能することがこれまでの研究で分かっている純ゲージ理論や重いクォーク質量のQCDにおけるエネルギー運動量テンソルの空間分布を調べる研究にも取り組みたいと考えており、準備的研究を開始している。純ゲージ理論では臨界温度より低温では単体静的クォーク系を作ることができないが、臨界温度より高温や複数の静的クォークを置いた系などにおけるエネルギー運動量テンソルの測定といった興味深い課題がある。グラディエントフロー法の応用として、境界条件が課された系におけるエネルギー運動量テンソルの測定を臨界温度より低温やクォークを含んだ系へと拡張する数値シミュレーションにも取り組みたい。特に境界条件が課された系の解析は、本年度の研究で示唆された一次相転移の存在の検証が極めて興味深い研究課題である。さらに、これらの数値計算から派生的に現れる理論的な研究にも随時取り組んでいくことを予定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
前年度、COVID19の影響により予定していた海外出張が行えなかった。本年度に同シリーズの国際会議に出席し、予定していた成果発表を行うだったが、他の用事との重複がありもう一年度遅らせることにしたため。
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