研究課題/領域番号 |
22K03892
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
山本 浩司 同志社大学, 生命医科学部, 教授 (70536565)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 再生軟骨 / 潤滑 / ルブリシン / 摺動刺激 / 刺激制御 |
研究実績の概要 |
生体関節軟骨は,軟骨基質の構造や機械的性質,更には表層に発現・吸着した分子の影響により,極めて低摩擦を実現している.表層にはヒアルロン酸や,関節液の糖タンパク分画成分から単離されたルブリシン,そしてホスファチジルコリンなどのリン脂質が構造的あるいは化学的な相互作用を介して潤滑環境を構築している.近年では軟骨表層のヒアルロン酸に結合するリン脂質の水和殻が生理条件下における耐荷重特性や低摩擦機構に関わる水和潤滑モデルが提唱されている.しかし,関節表層に存在し,水和機能に影響を及ぼし得る分子群の全容は未解明であり,軟骨潤滑における水和能形成メカニズムの解明には至っていない.本研究では遺伝子工学技術を応用して分子発現をモニタリング可能な軟骨細胞から成る三次元培養軟骨を作製し,潤滑機能の形成過程を計測・制御することで,分子発現と水和機能発現における関係解明および新規潤滑関連分子の探索を目指す. 本年度はまず,ルブリシン発現変化に伴うin situ潤滑特性評価システムの構築および軟骨潤滑能が効率的に成熟する力学条件の探索を中心に行った.ルブリシンの発現は関節運動を模擬した滑り刺激を軟骨表層に加えることによって促進することが知られており,本研究では軟骨組織が接する培養チャンバー底面を回転させることで,培養組織面とチャンバー底面との間に発生する摩擦力を摺動刺激として培養軟骨に負荷するシステムを構築した.組織にはアガロースおよびブタ膝関節軟骨より採取した細胞による培養軟骨組織を用い,圧縮荷重一定の条件および摩擦力一定の条件による比較により,各種刺激が潤滑機能形成に及ぼす影響を評価した.また,組織摩擦面におけるルブリシンの発現およびPRG4遺伝子発現を評価する事で,潤滑機能が効率的に成熟する摺動刺激条件を同定した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度は,ルブリシン発現変化に伴うin situ潤滑特性評価システムの構築を中心に実施した.本研究を実施する上で重要となるのは,培養過程において潤滑機能が成熟する分子機序の再現である.生体関節においてルブリシンの発現は軟骨表層に限定されており,関節運動を模擬した滑り刺激を加えることによって培養軟骨表面で発現が促進されるが,純圧縮刺激だけでは増加しないことが報告されている.今年度はまず,培養軟骨組織が接する培養チャンバー底面を回転させ,発生した摩擦力を摺動刺激として負荷するシステムを構築した.本システムでは計測と刺激負荷を同時に達成するために,荷重および摩擦力の計測に平行平板ばねを用い,ばねの復元力と摩擦力を釣り合わせることで組織底面に発生する摩擦力=摺動刺激を負荷する機構とした.また,摩擦力の制御は荷重側のばね変位を制御することによって達成した.直径6 mm,厚さ3 mmの円柱型アガロースにブタ膝関節より採取した軟骨細胞を包埋した培養軟骨組織を用い,垂直荷重を2.5 mN~10 mNの範囲で変化させた系,および摩擦力を1.2 mN~4.8 mNの範囲で変化させた系で7日間の培養を行った結果,荷重制御系では設定荷重の増加に伴い摩擦係数も増加したものの,摩擦力制御系では設定摩擦力に応じて垂直荷重を増加させたにも関わらず,摩擦係数は初期値に依存せず一定値を示した.また表層のルブリシンの発現も,荷重制御系では荷重増加に伴い発現が増加する傾向にあったが,摩擦力制御系では摩擦力2.4 mNにおいてのみ高値を示した.以上より,培養軟骨組織の潤滑機能の成熟は表層に負荷される摺動刺激の変動が少ない時に促進されることが明らかとなった.本結果は7日間という短期培養に基づいているため,より長期的に組織表層の分子機構が成熟した際の動向を2023年度以降に検討予定である.
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今後の研究の推進方策 |
2023年度は潤滑機能の成熟過程において発現する分子の網羅的解析を実施する予定である.そのためには培養過程におけるルブリシンの遺伝子発現状態をライブモニタリングできる必要がある.過去の研究においてマウス生体内でルブリシンの遺伝子発現を制御するプロモーター遺伝子配列は同定済みであり,本研究では同定された既知の遺伝子配列から蛍光タンパク質をレポーターとしたアデノ随伴ウイルスベクターの作製を試みる.これらのウイルスをマウス由来の軟骨細胞を用いた培養軟骨に導入し,分子発現過程と潤滑機能の成熟過程に関する評価を行う.2022年度に決定した培養条件下で摩擦面におけるルブリシン発現状態の蛍光観察を行い,発現が促進されない場合は再度刺激条件の調整を予定している.経験的にブタの軟骨細胞はマウスの軟骨細胞に比べて基質合成能が高いため,潤滑能形成に向けた最適な刺激条件は変化する可能性が高い.軟骨蛍光観察によってルブリシンの発現上昇が認められた場合,潤滑機能が成熟するタイミングや成熟してから一定期間を経て培養を終了し,蛍光発現細胞の遺伝子発現解析を実施する.解析は蛍光活性セルソーティング(FACS)によりルブリシン発現細胞を選別した後,DNAアレイもしくはRNA-seqを用いて潤滑機能の成熟していない細胞との網羅的遺伝子発現比較を実施する予定である.また,FACSがうまく出来ない場合はwholeで組織全体からmRNAの抽出を行い,潤滑機能の形成プロセスと遺伝子発現変動のパターン比較により,潤滑に寄与する可能性の高い遺伝子群の抽出を行う予定である.
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