研究課題/領域番号 |
22K04207
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研究機関 | 九州産業大学 |
研究代表者 |
末吉 哲郎 九州産業大学, 理工学部, 准教授 (20315287)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 高温超伝導体 / 臨界電流密度 / 異方性 / 磁束ピンニング / 照射欠陥 |
研究実績の概要 |
本研究課題の目的は,高温超伝導体に対して試料作製過程と独立に照射欠陥の形状と密度を制御して臨界電流密度Jc特性への正味の影響を評価できる重イオンビーム固有の材料設計を利用して,c軸,ab面方向の磁場で異なる構造の量子化磁束に特化したピン止めを実現するピン止め構造の構築を図り,全磁場方向で現行のJc値の頭打ち(ex. 3 MA/cm2 @ 1 T)を解消する材料設計指針を示すことである. 令和5年度では,人工ピン入りの高温超伝導線材を用いて,人工ピンと重イオン照射欠陥のハイブリッド磁束ピン止めによるJcのブーストアップを図ることを試みた.まず,小さな体積分率でJcの絶対値の増加を期待できる短尺の柱状欠陥を形成する80 MeV Xe照射を用いて,人工ピン入り/無しの高温超伝導線材のJc特性の照射効果を比較した.照射量に対するJcの変化では,人工ピン入り線材において顕著な増加を示した.一方,磁化緩和率(Jcの時間的な減少率)においては,人工ピン入り/無しの線材ともに照射欠陥の導入で増加し,その大きさに違いはなかった.次に,照射欠陥の導入により顕著なJcの増加がみられた人工ピン入り高温超伝導線材に対して,形状の照射欠陥を導入可能な複数の重イオン照射を用いて照射欠陥の形状とJc特性の関係を調べた.照射欠陥の体積分率が大きくなる重イオン照射ほどJcの増加は顕著に現れ,昨年度の人工ピンを含まない高温超伝導薄膜での照射効果と逆の傾向を示した.また磁化緩和率に対する照射欠陥の形状の影響は,人工ピンを含まない高温超伝導薄膜での特性と同じ傾向を示した.以上の結果は,人工ピン入り高温超伝導線材における照射によるJcの増加の要因の1つは,人工ピン周囲の結晶歪みで照射の追加の結晶歪みの影響を受けにくいためであり,Jcの絶対値の増加においてはピン止め点周囲の結晶歪みが重要であることを示唆している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
令和5年度の成果として,人工ピン入り高温超伝導線材における重イオン照射効果を調べることで,(A) ピン無しの高温超伝導線材と比較して人工ピン入りの方が重イオン照射による臨界電流密度の増加が顕著であること,(B) その要因の一つは人工ピン周囲に生じている結晶歪みにより照射による追加の結晶歪みの影響を受けにくいためであることを明らかにでき,Jcの絶対値の増加を図る上ではピン止め点周囲の結晶歪みの緩和が重要であり,現行のJc値の頭打ちの解消のヒントを得ることができた.また,直流四端子法でJc特性を評価するためのフォトリソグラフィー法による薄膜試料のマイクロブリッジ加工の環境について,さらに効率的に作業が行えるように改善した.ただし,令和4年度から引き続き計画している,透過型電子顕微鏡による照射欠陥の微細構造観察が遅れたままになっている.また,マイクロブリッジ加工した薄膜試料に対して,広範囲の磁場方向にわたるJc特性を評価するための通電特性測定システムの立ち上げも昨年度に引き続き遅れている.このため,現在までの進捗状況を“やや遅れている”と評価した.
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今後の研究の推進方策 |
令和6年度では,重イオン照射した人工ピン入り高温超伝導線材において期待される照射欠陥と人工ピンY2O3ナノ粒子とのハイブリッド磁束ピン止めによる磁化緩和率の抑制効果を実験的に明確にするために,試料を貫通する柱状欠陥を導入可能な200 MeV Auイオンまたは200 MeV Xeを用いて,臨界電流密度Jc特性および磁化緩和率の評価を人工ピン無しの線材の比較を通して行う.また,令和5年度の研究成果(Jcの絶対値の増加を図る上ではピン止め点周囲の結晶歪みの緩和が重要)を発展させ,高温超伝導体の重イオン照射効果に,照射に伴う結晶歪から生じる酸素欠損(キャリア密度低下のもう一つの要因)のリカバーを期待できる低温酸素アニール処理を組み合わせることで,従来の照射欠陥導入による臨界電流密度の増加を,どこまで酸素アニール処理でブーストアップできるかについて明らかにする.
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次年度使用額が生じた理由 |
(状況)現在の大学に着任して3年経ったが,まだ学務および委員活動に不慣れなため,通電特性測定システムを始めとする実験環境の立ち上げに思いのほか時間を効率的に費やすことができなかったこと,また年度末に予定していたタンデム加速器での照射実験が,加速器のトラブルにより出張費および施設使用料が浮いたことにより,未使用額が生じた.
未使用額については,(1) 通電特性測定システムの立ち上げのための備品や消耗品購入(5Aまで電流印加可能な直流電流発生器,専用サンプルホルダ(カンタムデザイン社),Heガス等),(2) 令和6年度での原子力機構(茨城県東海村)のタンデム加速器でのイオン照射実験における旅費と施設供用利用料金(2回),(3)国内外の学会参加における旅費と参加費,などに使用する予定である.
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