研究課題/領域番号 |
22K04667
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
藤浪 眞紀 千葉大学, 大学院工学研究院, 教授 (50311436)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 陽電子消滅 / 格子欠陥 / その場分析 / 水素脆化 |
研究実績の概要 |
水素環境下で金属材料の力学特性が低下する「水素脆化」の原子レベルでの起源は未だ明らかになっていない。高感度空孔型欠陥検出法である陽電子消滅法(positron annihilation lifetime spectroscopy, PALS)により,鉄や鉄基合金を水素環境下で延伸すると空孔クラスター形成促進が報告されている。しかしながら,空孔クラスター挙動と低温昇温脱離による欠陥分析結果とは一致せず,力学特性との相関も得られていない。これらの不一致は,水素環境下で形成した欠陥は不安定であり,室温時効で変化するためと考察した。その問題点の解決のため,水素添加モードまたは水素添加+応力一定モードでのオペランドPALS法を開発し,純鉄における水素脆化支配欠陥の解明に応用することを目的とした。 陽電子源として放射性同位体を使用するため,試料や線源を水溶液や高温・高圧下に置くことは困難である。そのための着想のポイントは,金属中とくにbcc鉄の大きな水素の拡散係数である。片面から水素を添加することで,試料がmm以下であれば,全体に水素を導入することができる。PALSの測定深さは100ミクロンであるが,1 mm厚の試料では片面から水素を導入しても,両表面層に形成する欠陥は同じであることがわかっている。そこで,片面から水素を添加し,逆側の面に陽電子源を設置し,その上にプラスチックシンチレータを置くアンチコインシデンス法,あるいは寿命既知の試料を置くサブトラクション法を適用する方式を考案した。2022年度はそれらの方法の実現・有効性の実証が実績である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
水素添加した鉄試料とプラスチックシンチレータ(PS)の間に陽電子線源を置き, PSでの陽電子の消滅成分はその入射信号を用いたアンチコインシデンス法により除去する方式を構築した。さらに引張延伸機に取り付けた平板試料に電解セルを装着し,水素添加と一定応力下での測定を可能としたPALS測定系を構築した。水素添加+延伸状態の試料と寿命値が単一成分の破断ステンレス鋼(転位成分のみでフルトラップ)の間に陽電子線源を設置した。寿命スペクトル解析では,線源成分と破断ステンレス鋼の成分を差し引くことで延伸試料正味の消滅成分を求めた。 水素感受性の高い延伸速度0.015 mm/minで25%延伸した水素添加試料の除荷後の水素添加オペランドPALS測定結果では,185 psの転位+単・複空孔成分が検出され,その後の大気下での測定では十数時間後には360 psまで寿命が伸びた。一方,水素感受性の低い延伸速度15 mm/minで25%延伸した水素添加試料の除荷後では,水素添加測定で370 psの空孔クラスター成分が検出され,その後の変化は認められず,両者の水素感受性での差が見出された。次に,水素添加しながら10%延伸し,そのまま水素添加+応力一定オペランドPALS測定では,バルクと177 ps(54%)の欠陥成分が検出された。この寿命値は転位成分(150 ps)よりも長く,転位と単空孔レベルの欠陥が混在した成分と帰属された。その試料を応力保持して大気測定に切り替えたところ,転位成分と空孔クラスター成分(260 ps, 8%)が検出された。さらに,除荷すると空孔クラスター寿命値は440psと長くなった。これらの結果は,純鉄の水素添加延伸では,水素と結合した単空孔が形成され,それが水素脆化の支配欠陥になっていることを示唆した。
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今後の研究の推進方策 |
オペランドPALS測定が開発できたことから,本測定装置を実試料に応用展開する方針である。具体的な試料材としては,焼戻しマルテンサイト鋼やオーステナイト系ステンレス鋼があげられる。応力付与状態としては,弾性変形時に欠陥は本当に発生していないのか?水素はどのように影響しているのかを本装置により解明する。また,これまでは延伸時に水素を添加していたが,実環境では加工後に一定応力下で水素が添加され,水素脆化する。そこで,それを模した状態をオペランドPALS測定で実現し,欠陥の経時変化を追跡する。それらによりこれまでのモデル試料での欠陥挙動から,いよいよ実材料・実環境に近い状態での欠陥挙動解明に資することができる。
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次年度使用額が生じた理由 |
参加を予定していたフィンランドでの第19回陽電子消滅国際会議がオンライン開催となったため,旅費に大きな差が生じた。そのため翌年度に開催される第16回陽電子ビーム国際ワークショップへの旅費として使用する予定である。
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