研究課題/領域番号 |
22K04688
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研究機関 | 九州工業大学 |
研究代表者 |
安田 敬 九州工業大学, 大学院情報工学研究院, 教授 (40220149)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 熱輻射制御 / 溶液プロセス / 乾燥クラック / 対流 / 光学薄膜 |
研究実績の概要 |
熱輻射による加熱は古くから産業の主要プロセスのひとつであり,そのスペクトルを制御できれば,加熱効率が高まり大きな省エネルギー効果が得られる。その実用化には,発熱体の表面にナノスケールの構造を低コストで大面積に形成する必要があり,溶液プロセスを用いた成膜技術の応用が有望である。本研究は,溶液プロセスの応用上の課題として知られる,塗膜の乾燥収縮によって発生するひび割れ(クラック)と溶液塗布時に発生する凹凸パターンの抑制に取り組み,さらにその成果をもとにして,熱輻射制御コーティングの実証を行った。 まず,クラックの発生と薄膜の残留応力との相関を調べた結果,高分子の添加によってクラックの抑制と応力の低減がみられたが,応力が小さい領域では他の要因もクラックの発生に関わっていることが分かった。今後,さらに成膜条件を変化させてその要因の特定を図る。 塗布時の凹凸パターンは溶媒の蒸発に伴う対流によるものと考えられており,溶液の様々な物性が関与する。本研究では,溶媒として特定の物性量のみ大きく異なり,他は近い値を持つものを用いて比較実験を行った結果,高コスト・有害性の溶媒を使うことなく対流を抑制し,平坦な薄膜を作製する方法を見出した。 熱輻射制御の実証については,欠陥なく成膜できる実験条件の範囲で反射率を制御するコーティングを設計・製作し,平板電熱ヒータからの輻射スペクトルの制御を試みた。その結果,可視領域に近接する赤外領域において,理論的予想に近い輻射スペクトルの変化を得ることができた。今後,さらにクラック等の欠陥の抑制を進めて光学設計の範囲を広げ,スペクトルを制御する波長領域や波長選択性の強さを実用領域に高めることをめざす。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画では3つの目的: ①ゾル・ゲル法で作製した酸化チタン薄膜の乾燥クラックの発生要因の解明とその抑制方法の開発,②スピンコートにおける対流の発生機構の理解とその抑制,③酸化チタン/二酸化ケイ素の多層膜による輻射スペクトル制御の実証 を掲げた。それぞれに対する進捗は以下の通りである。 ①クラック発生機構を明らかにするため,クラックが発生する膜厚のしきい値(=限界膜厚)と薄膜に生じる応力との相関について,高分子(クラック抑制剤)の添加量や焼成条件をパラメタとして実験的に調べた。その結果,応力が大きい領域では限界膜厚はほぼ応力のみで決まっているのに対し,応力が小さい領域では昇温速度の影響を強く受けたことから,別の要因もクラックの発生に関わっていることが分かった。計画2年めは,その要因の特定を進めてさらなる限界膜厚の増加を図る。 ②凹凸パターンの原因と考えられる対流について,対流発生のタイミングと溶媒置換の影響を調べた。セルサイズの評価に加え,スピンコートにおける回転数・回転時間依存性の実験を行った結果,対流発生のタイミングを明らかにできた。この知見から,溶液の多くの物性量のうち,蒸発率の重要性が明らかになり,異なる溶媒を用いた比較実験でその確証を得た。実験結果を応用して凹凸の抑制方法を確立できたことから,この項の目的は達成できたと考えている。 ③現時点で作製可能な範囲で光学薄膜を設計・製作し,平板ヒータに応用した場合の輻射スペクトルの変化を調べた。1年めの試行では,基本的な光学設計法や測定システムの構築を完了し,近赤外領域において理論的予想と一致する輻射スペクトル制御を実証できた。計画2年めは,上の①の進捗に合わせて光学設計の範囲を広げていくことで,実用に向けた動作領域の長波長化や波長選択性の向上に着実に進めると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
計画は当初の予定通り進んでいることから,引き続き欠陥のない光学薄膜の作製方法の開発と輻射制御の実証を並行して進める。 酸化チタン成膜上の課題であるクラックについては,初年度の研究によって焼成時の昇温速度の重要性が明らかになったことから,様々な昇温プログラムを試してクラック発生要因の特定やさらなるクラック抑制方法の開発を進める。また,これまでは薄膜1層に限定してクラックの発生について調べてきたが,光学薄膜の試作を推進するため,積層した場合の限界膜厚や応力の評価も新たに研究対象に加える。特に,従来から知られている,比較的薄い膜を積層した方が一度に厚い膜を形成するよりクラックが発生しにくい原因を明らかにする。また,低屈折率層を形成する二酸化ケイ素の薄膜については,酸化チタンと同様に単層および積層時のクラック耐性を調べるとともに,より低屈折率にする成膜方法を探索して光学薄膜に応用した際の光学特性の向上をめざす。 以上の成膜技術の進展に沿って多層膜の光学設計の範囲を広げ,ロングパス型とバンドパス型の両面で輻射制御の長波長化・狭帯域化をめざした試作を進める。また,高温での薄膜の特性について,示差熱分析・X線回折などの観点から調べ,高温応用で課題となる耐久性に関する知見も得る。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初計画では2件程度の学会旅費を計上していたが,1件はオンライン開催,もう1件は近隣で旅費を必要としなかったことが計画より使用額が少なかった主な理由である。 次年度には,成膜方法を多面的かつ効率的に調べる観点から,幾つかの物性評価(電子顕微鏡観察,熱重量-示差熱分析,X線回折等)を外注する予定であり,当初計画で計上した成膜に関する消耗品,旅費,謝金,研究成果発表費用などど合わせて使用する計画である。
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