研究課題
半導体レーザー(LD)動作時の光吸収損失や熱発生の根源となるためその制御が重要でありながら、窒化物系混晶半導体薄膜のサブギャップ領域の電子状態を介して起こる光吸収や熱発生過程には不明な点が多い。本研究では、サブギャップ領域における光吸収過程(吸収係数)とそれに伴う熱発生過程の解析、更には発生熱の輸送過程(熱伝導率)を定量評価する手法を構築し、LD素子内部での光吸収や熱発生の本質的制御指針の解明を目指している。昨年度までに膜厚300nmのAlInN混晶において光熱偏向分光法(PDS法)によるサブギャップ吸収過程の観測と、分光エリプソメトリーと組み合わせることによる光吸収係数の定量評価を達成した。令和5年度は、半導体レーザーのクラッド層や面発光レーザーの分布ブラッグ反射鏡など、実際の素子構造と同様の100nm以下のAlInN混晶薄膜におけるバンドギャップ内吸収過程解析を試みた。その結果、試料構造の工夫により膜厚40 nmに相当するAlInN混晶におけるサブギャップ吸収過程を明瞭に観測することに成功した。またその過程でAlInN混晶の下地層であるGaNについてもサブギャップ吸収過程の解析を進め、得られた光吸収係数の定量的精度や、サブギャップ吸収を引き起こす起源の考察を進めた。また、PDS法を用いた熱輸送過程解析手法の構築については、厚膜GaN基板において光熱偏向信号の周波数依存性を測定し、理論モデルにより実験スペクトルをフィッティングすることで、熱伝導率の導出が可能であることを明らかにした。さらに解析精度向上を狙って、測定条件が解析精度に与える影響の検討を進めた。
2: おおむね順調に進展している
GaN/サファイアテンプレート上に成膜した膜厚90nmのAlInN混晶のPDSスペクトルからは、膜厚300 nmの試料で観測されたようなリファレンス用GaNテンプレート(AlInN混晶なし)に対するPDS信号増大は観測されなかった。これはAlInN混晶の薄膜化による吸収係数低減を示唆している。AlInN混晶では膜厚が50-100nmを超えるとGaNと格子整合するIn組成であっても結晶性が急激に劣化することが報告されており、この時、サブギャップ吸収も膜厚増加に伴い増加しているものと考えられる。そこで100nm以下の薄膜試料においてPDS信号を抽出する方策として、膜厚40nmのAlInN混晶と10nmのGaNを交互に多周期積層した試料を作製し、下地GaNに対するAlInN混晶層の膜厚比増大によるPDS信号強度増強を試みた。これにより、リファレンス用GaNテンプレートに対する明瞭なPDS信号強度増大を観測することに成功した。今後はバンド内準位を介した輻射過程の影響についても評価し、PDS法を基軸としたサブギャップ領域における吸収係数の定量評価の可能性追求と、サブギャップ吸収を引き起こす起源の解明を目指す。また、PDS法を用いた熱輸送過程解析については、厚膜GaN基板においてPDS信号の周波数依存性を測定し、熱拡散方程式に基づき導出したモデル関数によりフィッティングすることで熱伝導率の評価を行った。この際、解析精度向上に対して、試料とプローブ光間の距離制御が重要であることを明らかにした。今後は本評価手法の確立と、熱伝導率解析精度向上を進める。以上のように、混晶薄膜におけるサブギャップ吸収過程の解析、PDS法を用いた熱輸送過程(熱伝導率)解析手法の構築は当初の予定通り進んでいるため、進捗状況は概ね順調に進んでいると判断した。
AlInN混晶については、多周期構造試料における解析を進め、サブギャップ吸収の起源の解明を目指す。またPDSスペクトルと透過スペクトルや励起スペクトルを詳細に比較することにより、窒化物半導体におけるPDSスペクトルの特徴や、PDS法を基軸としたサブギャップ領域における吸収係数の定量評価に関する可能性を追求する。熱伝導率解析については、その定量性や精度に関して引き続き検討を進め、研究期間終了までに最適な実験解析手法の構築を目指す。
旅費の支出が当初の予定より少なく済んだため。
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