研究課題/領域番号 |
22K05016
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
石橋 孝章 筑波大学, 数理物質系, 教授 (70232337)
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研究分担者 |
近藤 正人 筑波大学, 数理物質系, 助教 (20611221)
野嶋 優妃 筑波大学, 数理物質系, 助教 (90756404)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 基板支持脂質二分子膜 / 全内部反射ラマン分光 / 振動和周波分光 |
研究実績の概要 |
4’-ジヘキシルアミノ-4-スルホアゾベンゼン(DHASA)は,水溶性の色素である.分子内にアルキル鎖を持つため,この部位を通して脂質膜と相互作用することが期待される.DHASAをペプチドのモデルとして,DHASA分子の水溶液上に脂質単分子膜を準備し,ここにヘテロダイン検出(HD)振動和周波発生(VSFG)分光を適用した.水溶液中にあるDHASAと,空気と水溶液界面にある膜との間の相互作用を捉えることを目的とした.脂質分子として中性のDPPC(dipalmitoylphosphatidylcholine)を使用したとき,1600 cm-1付近にDHASA環伸縮振動に帰属されるVSFGバンドが観測された.DHASAは負電荷を持つ色素である.一方,DPPCは電気的に中性だが双性イオン性を持つ脂質である.色素と膜の相互作用に対し,脂質の官能基の電荷が影響を及ぼしている可能性がある.この影響を調べるため,負電荷をもつ脂質であるDPPG(dipalmitoyltrimethylammoniumpropane),正電荷をもつ脂質であるDPTAP(dipalmitoyltrimethylammoniumpropane)を用いてHD-VSFG測定を行った.DHASA水溶液上のDPPG膜(負電荷)のスペクトルには,1600 cm-1付近に振動バンドは観測されなかった.一方,DHASA水溶液上のDPTAP膜(正電荷)のスペクトルには,1600 cm-1付近にDHASA由来のVSFGバンドが観測された.これらのことは,負電荷をもつDHASAは,同じく負電荷をもつDPPG膜には吸着や侵入をしない一方で,正電荷をもつDPTAPや電気的に中性なDPPCには吸着や侵入をすることを示唆している.色素と膜の相互作用に対する正負の電荷の影響を,VSFGスペクトルを通して明確に観測できた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究実績の概要に述べたこと以外に,全内部反射ラマン分光による脂質二重膜-生体分子間相互作用の検出に取り組みを進めつつある.いかに予備的な結果について簡単に述べる.測定試料として脂質分子として陰イオン性の脂質分子DSPC(1,2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphocholine)を,抗微生物ペプチドグラミシジンA(gA)を選択し,全内部反射配置に使用するプリズムとして新たにCaF2製のプリズムを使用した.LB/LS(Langmuir-Blodgett/Langmuir-Schaefer)法で準備した基板固定二分子膜と接した水溶液側からgAを加え,CH伸縮振動領域のgAを加える前後でスペクトルの形には変化が観られなかった.一方,DSPCとgAを混合して上で二分子膜を形成しスペクトルを測定したところ,混合膜のスペクトルの形は,DSPC膜のものとは大きく異なっていた.特に注目されるのは,3063 cm-1に新たにバンドが現れたことである.このバンドは,gAの持つトリプトファン残基に由来するものだと帰属される.このバンドが,gA由来であることを確かめるため,アルキル鎖を重水素化したDSPC(d-DSPC)とgAの混合膜の測定を行った.この実験では,d-DSPCに由来する振動バンドの大部分がCD振動領域に現れるため,CH振動領域では,gAのバンドが支配的に観測される.gAとd-DSPC混合膜のスペクトルは,gAとDSPC混合膜のものとよく似ていた.このことは,CH領域で観測されたスペクトルの大部分がgAに由来することを支持していると思われる.
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今後の研究の推進方策 |
次の研究課題を遂行することを計画している.(1)CaF2基板上のシランカップリング膜のヘテロダイン検出VSFG(HD-VSFG):係留型基板固定二分子膜を作製するために,シリカコートしたフッ化カルシウム基板を作製し,その上に自己組織化膜を形成し,水と膜界面のHD-VSFGスペクトルを測定する.質の高いスペクトルを得るために,平坦性の高いシリカ層とヘテロダイン検出の際に必要な参照信号として用いる金属蒸着膜の形成条件を検討する.(2)アミドI領域の脂質二重膜-ペプチドの全内部反射ラマンスペクトルの測定:「現在までの進捗状況」で述べたように,CH伸縮振動バンドについては,二分子膜中のグラミシジンA(gA)のスペクトルの測定に成功している.これをペプチドの豊富な構造情報が得られるアミドI領域まで拡張する.あらたに使用し始めたCaF2製全内部反射用のプリズムは,これまで使用していたシリカ製プリズムと異なり,ラマン散乱測定時にアミドI領域(1500-1700 cm-1)にプリズム由来の信号を与えない.このため,これまで検出できていない基板固定二分子膜中のペプチドのアミドIラマンバンドの観測が可能となる可能性がある.二分子膜作製や測定の精度と再現性を高めアミドIバンドの観測に臨む.加えて,水溶液中に添加することで二分子膜と相互作用させたgAのラマンスペクトルの測定にも再度,挑戦する.この他,係留型基板二分子膜作製の基礎実験として,親水性シランカップリング剤であるcarboxyethylsilanetriol (CEST)を使用してシリカ基板上に自己組織化膜を形成し,その先端にアルキルアミンを結合させたサンプルを作製する.作製したサンプルの空気/固体基板界面におけるVSFGスペクトルを測定する予定である.
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究計画の遂行に基幹的な役割を果たすフェムト秒レーザーシステムは,いくつかの部分の老朽化が始まっているため予想できない時期に故障が生じる可能性がある.もし故障が生じた際に対応するために,研究費のうち一部を年度末近くまで未使用の状態で維持していた.結果として本年度は大きな修理が発生しなかったため次年度使用額となった.2年度以降の研究に必要な試料,光学部品,レーザー維持費として使用する予定である.
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