研究課題/領域番号 |
22K05024
|
研究機関 | 大阪公立大学 |
研究代表者 |
麻田 俊雄 大阪公立大学, 大学院理学研究科, 教授 (10285314)
|
研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | 高速・高信頼性MDシミュレーション / 効率的反応経路最適化 / 自由エネルギー寄与マップ / 反応制御分子設計 / SARS-CoV-2 / MPro / 酵素阻害機構 / 酵素反応場 |
研究実績の概要 |
"どのようにすれば理論的に酵素反応場を取り入れて、高効率かつ自在に巨大分子系における反応の自由エネルギー障壁を制御できるか"が、本研究の主たる「問い」である。これに答えるため、新型コロナウィルスが産生するメインプロテアーゼ MPro とその阻害剤 N3 の触媒反応について検討した。この反応障壁が低いと新型コロナウィルスの増殖を阻止することができ、効果的な薬剤候補となりうる。 具体的には、初年度である本年度は MPro と N3 の複合体について力場計算により反応物としての構造の生成を行うことに成功し、反応経路最適化手法の一つである Nudged Elastic Band 法を用いて酵素反応の自由エネルギー面上における反応経路の最適化に成功した。得られた反応経路にそって自由エネルギープロファイルも同時に得ることができたことから、本反応に及ぼす酵素反応場を構築する要素である Mpro を構成する各アミノ酸からの自由エネルギーへの寄与を独自に開発した自由エネルギー寄与分割を用いて解明する研究にも着手した。通常、QM/MM 法を用いた自由エネルギー反応経路の最適化は、QM 領域の計算レベルを下げることで実行している。一方、我々の CDRK 法という手法を用いると高い信頼性を保ちつつ高速に QM/MM 法を実行することが可能となるため、信頼性が高い結果を得ることができる点が特徴の一つである。 新型コロナウィルスは世界的なパンデミックを引き起こしたことから、すでにいくつかの反応経路の最適化に関わる先行研究が報告されている。これらは信頼性が低い計算レベルを用いていることから、周辺の水分子の介在が必要であるか否か、反応の中間状態が存在するか否かについて異なった結果と解釈がなされてきた。本研究の結果、反応は水分子が介在することなく進行し、かつ中間状態が存在することを明確に示した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の期間内には 1. 共有結合形成反応のメカニズム解明と重要なアミノ酸残基の特定、2. 基質結合ポケット内の自由エネルギー寄与マップの作成、3. 効率的な基質分子設計法の確立、の三点について明らかにすることを計画している。これらを 3 年間の研究計画で達成することを予定していたことから、反応のメカニズムを解明し自由エネルギー寄与解析までを行った進捗状況は、当初の目標である 1 の目的の達成を意味している。また、自由エネルギー寄与解析の結果を周辺 3 次元空間内に球表示を活用して表示する技術を確立するとともに、視覚的に阻害反応がどのように自由エネルギー反応障壁に影響しているかを明示することに成功した成果は、上記の 2 の研究計画が一部達成したことを示している。以上の点で、当初の計画を上回るペースで研究が進展していると自己評価するに至った。 また、海外で開催された国際会議に 2 件の招待講演を受けて発表し、そのうちの一件についてはプロシーディングスではあるものの、反応メカニズムについての成果を査読付き論文に投稿して受理されてきた。新型コロナウィルスのパンデミックは収束してきつつあるものの、本研究課題に関する手法とノウハウは、抗生物質が効かなくなったスーパー耐性菌の反応機構解明や新規抗生物質の設計にも発展可能であることから、本研究で得られた成果を国際学会で発表し、学術論文として投稿することで初年度の段階で海外に発信できた点は高い評価につながった。 初年度に研究が効率的に進行するための計算機を自作導入したことで、計画を上回るペースで結果につながったといえる。今後の発展に向けた研究推進基盤も整備できた点は評価に値する。研究体制の早期の確立は、今後の研究においても重要な要素であるといえる。
|
今後の研究の推進方策 |
達成すべき目標は、酵素内の反応障壁を自在に制御するための薬剤分子設計手法の確立である。本研究では MPro と N3 分子の反応における自由エネルギー障壁を低下させるための分子設計手法の確立を目指しているが、すでに反応経路の最適化と N3 分子における自由エネルギー障壁の解析、周辺アミノ酸残基からの寄与解析までを達成した。一方、分子設計指針を得るには、反応場をつくる酵素の他に、基質自身からくる反応への寄与も解明する必要がある。 酵素内の反応において検討が必要なのは、1. 酵素反応場による基質の反応自由エネルギー障壁への寄与、2. 基質分子内置換基が活性中心に及ぼす影響、の 2 点である。特に MPro や院内感染菌の産生する酵素を研究する場合には、酵素分子の構造を変更することができないため、基質分子に置換基を導入することで酵素反応場を強めたり弱めたりする制御を目指す。また、基質内の置換基の直接の効果は酵素との結合による幾何学的制限を強く受けているので、この構造制限の下での検討が必要である。 反応場への主たる寄与は、遠距離力で支配的となる静電相互作用からくるため、基質への置換基導入による原子電荷の変化や分子の双極子モーメントの変化を高速に予測しつつ分子設計することが最善の施策であると考えている。原子電荷や双極子モーメントは量子化学計算を行うことで得ることができるものの、分子設計において膨大な数の分子の計算を行うことは計算資源の点で現実的ではない。そこで、機械学習と分子生成アルゴリズムの融合技術を確立することで、分子設計の実現にむけた研究を推進する方策を検討している。
|
次年度使用額が生じた理由 |
年度の後半で海外における学会発表を行うこととなったが、航空会社の自己都合による予定便のキャンセルがあり変更を余儀なくされるなどのトラブルにあったことから、経費をぎりぎりにつめることが困難と判断し、若干の余裕を持たせた結果やや次年度使用額として計上することになったものである。基金であるので、その効果を活かし、次年度に多少持ち越すことで全体的な研究進捗にプラスに働くよう計画した結果でもある。 研究全体に影響しないものである。
|