研究課題/領域番号 |
22K05032
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
植草 秀裕 東京工業大学, 理学院, 准教授 (60242260)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | フォトクロミズム / サリチリデンアニリン / 混晶 / 結晶構造解析 |
研究実績の概要 |
本研究で対象とする固相フォトクロミズム反応では、結晶中での分子配座(コンフォメーション)や分子配列がフォトクロミズム反応性を支配することが知られている。過去の結晶構造研究により、反応の可否や生成分子の寿命に関係する一つの主要な要因は、分子が結晶中で反応に適切な分子配座を取っていることだと知られており、フォトクロミズム結晶では、構成分子が特定の配座を取ることが機能発現の条件である。しかし、結晶中の分子配列・分子配座を制御することは困難であり、機能性結晶を設計し機能発現を行う大きな障害である。この問題を解決するために、本研究は鋳型結晶法を提案した。つまり「特定の配座を持つ(機能は持たない)分子による鋳型結晶」を用い、その一部を(純粋な結晶では)「特定の配座を持たないために機能発現がない、機能分子に置換する」ことで、機能分子に鋳型結晶による特定の配座を与える結晶設計により機能発現を実現する。これを鋳型結晶法と命名し、この手法の実現可能性を立証し、確立を行う。 ターゲットとしてよく知られたフォトクロミック化合物であるサリチリデンアニリン(SA)類を用いる。この分子は結晶中で平面型配座を取るとフォトクロミズムを示さない。このSA類をゲスト分子とし、非平面型配座を持つテンプレート分子による鋳型結晶との混晶(置換型固溶体結晶)を作成すれば、SA類分子を特定の非平面型配座に精密制御し、フォトクロミズムを示す混晶を作成することができる。この鋳型結晶法による分子配座制御の学理の構築を目指し、鋳型分子系の探索、混晶の作成・結晶構造解明、物性測定を行うことを目的としている。 本年は、前年度に発見したホスト分子であるベンジリデンアニリン(BA)類を鋳型結晶とし、各種のサリチリデンアニリン(SA)類をゲスト分子として混晶作成、フォトクロミズム測定、結晶構造解析を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究では珍しい有機分子の混晶を作成する。この結晶では2種類の分子(鋳型分子・機能分子)が結晶構造中で乱れて存在しパッキングが悪化して格子エネルギーが不安定化するため注意深く2種類の分子を選抜する必要がある。本研究ではサリチリデンアニリン(SA)類をターゲットとするため、この分子と有機混晶を形成する鋳型分子として、フォトクロミズムを示さず、サリチリデンアニリン(SA)類と分子構造はゲスト分子が適合すること、さらに鋳型分子結晶中では分子コンフォメーションが非平面型配座でなければならない。この条件に適合する分子を多数スクリーニングした結果、SA類分子のOH基を水素原子に置換したベンジリデンアニリン(BA)類を選定した。SA類分子のフォトクロミズムはOH基からの水素原子転移により起きるため、BA類はフォトクロミズムを示さない。また、鋳型結晶の安定化やSA類分子との適合性を考慮し、末端にカルボキシ基を持つ、BA-COOHおよびそのハロゲン化誘導体を鋳型分子とした。特にハロゲン置換BAはSA類分子が持つ水素原子より分子体積が大きいことが期待され、SA類分子を包接して有機混晶を作りやすいと考えた。 3位にCl基を持つBA-COOH-3Cl(ベンジリデンアニリン類)分子は純粋結晶中で分子が42°のねじれ角を持つ非平面型分子であり鋳型結晶とした。ゲスト分子であるSA-COOHは純粋結晶中でのねじれ角が6°の平面型分子であり結晶フォトクロミズムを示さない。SA-COOHを5%混合した溶液からの再結晶により薄黄色結晶(単結晶)を合成し、UV照射の結果、橙色のフォトクロミズムを示した。単結晶構造解析の結果、BA類の鋳型結晶中にゲスト分子が約5%混入した乱れ構造が確認され、目的とした鋳型結晶法によるSA類のフォトクロミズム制御(発現)に成功した
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今後の研究の推進方策 |
今年度の成果により、ハロゲン置換したBA-COOH(例:BA-COOH-3Cl)が鋳型結晶分子として強力であることが示されたため、BA-COOH類の各種ハロゲン置換体を鋳型分子(結晶)として研究を推進し、同時に適合するゲスト分子SA類をスクリーニングして、さまざまな混晶形成を行う計画である。 現状の問題点は、鋳型BA-COOH-3ClとゲストSA-COOHの組み合わせでは、ゲストの混入率が5%程度と低いことであるため、より高い混入率を達成することを1つの目標とする。このための戦略を複数検討している。1つは、ゲストが入る空間をより大きくするために、鋳型分子の置換基をClより大きくすることである。ハロゲン置換であればBr, I 置換が考えられる。次に鋳型分子とゲスト分子の構造の相同性を高めることである。鋳型分子と同様に3位に置換基をもつ分子をゲストとすることが考えられる。さらに、鋳型結晶法は、有機混晶が鋳型結晶と同形結晶となることを暗黙に意図しているが、ゲストの占有率を高めると母体結晶とは異なる第3の結晶構造となる可能性があり、このような構造変化を積極的に目指すことも考えられる。これらの戦略により生成した混晶は単結晶構造解析を行い、結晶構造、分子構造を確認し、フォトクロミズム特性は拡散反射UV/Visスペクトル測定で確認する。 鋳型結晶法の学理確立のためには、上記の3つの戦略についてどの手法が有効かを明らかにし、それぞれの原理を解明する。このために結晶構造、分子構造の構造化学的検討、分子・結晶のエネルギーの計算化学的評価も行う。これらの検討が進んだ後に、混晶の安定性を評価する方法を検討し熱力学的測定や格子エネルギー計算を行うことで、鋳型結晶法による混晶の構造、物性評価、混晶生成の学理を完成させる計画である。
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