研究課題/領域番号 |
22K05040
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研究機関 | 山陽小野田市立山口東京理科大学 |
研究代表者 |
畠山 允 山陽小野田市立山口東京理科大学, 薬学部, 講師 (10641970)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 光化学 / 健康科学 / 紫外線防御 / 分子科学 / 量子化学 / 計算化学 / 光熱変換 / 非断熱過程 |
研究実績の概要 |
海洋生物由来の天然の紫外線防御物質であるマイコスポリン様アミノ酸(MAAs)について、吸収紫外線を熱に変換する光熱変換が溶媒の水分子と協調して起こることを見出しつつある。本成果は地球生命の源である水が海洋生物の紫外線防御と深く結びついていることを示すとともに、MAAsを下地とした紫外線防御剤の開発促進に繋がるものと期待される。 具体的な研究活動としては、MAAsが紫外線吸収後に電子励起状態から脱励起する様子を、MAAs周囲の溶媒水分子もあらわに考慮した非断熱分子動力学シミュレーションで原子解像度により追跡した。その結果、MAAsは紫外線吸収後に自身の分子内π共役をねじり、かつその動きをπ共役以外の箇所へと伝播させて最終的には全身をくねらせるように動くことが分かった。こうした動きは、MAAsが構造的に硬いπ共役と柔らかいアミノ酸が連結した分子だからこそ可能なものであり、かつ溶媒水分子との衝突を回避しながら駆動しうるものであった。また、こうしたMAAsの大変形は電子励起状態を十分に緩和させうるものであり、電子励起状態と基底状態のエネルギー間隔を紫外線程度から縮退状態へと縮めて無輻射脱励起を可能にするものであった。MAAsが無輻射脱励起により吸収紫外線を熱へと変換することは既に知られているが、その様子が原子解像度で本研究により示されといえる。以上の結果は、MAAsが自身の構造的柔軟性を活かして周囲水溶媒と協調しつつ光熱変換することを示しており、紫外線防御剤開発で近年注目されているMAAs模倣物の研究領域に柔軟性への気づきを与えるものと期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
MAAs光熱変換過程のシミュレーションデータ収集を成果発表に向けて取り掛かりつつある。シミュレーション初期状態のサンプリングを予定量の半分程度完了し、サンプリングしたものから順次光熱変換過程のシミュレーションへと進んでいる。実際に光熱変換のシミュレーションへと進んだサンプルでは研究実績の項で述べたようなMAAsの光熱変換過程が見出されており、今後サンプル数を増やして統計的な解析にかける予定である。 シミュレーションは当初予定していた計算手法を変更して実施している。具体的には、電子状態計算の手法をアンサンブル密度汎関数強束縛法(eDFTB)から従来的な多配置SCF法に変更している。これは、高速な電子状態計算手法であるeDFTBを本研究の非断熱分子動力学シミュレーションと連携させることを当初計画していたところ、従来的な多配置SCF法であれば既に連携が実現されており、かつ補助基底を活用して多配置計算を高速化させることでMAAsの光熱変換の時間スケールを十分追跡できることが活動開始後に判明したためである。加えて、多配置SCF法には計算実施者がもともと精通していた事情もあり、当該手法を利用することとした。他方で、eDFTBと非断熱分子動力学シミュレーションの連携には依然として取り組んでいく予定である。これは、先述の通りeDFTB法が極めて高速な電子状態計算手法であり、非断熱分子動力学シミュレーションと連携させることで、多配置SCF法に基づいた現在進行系のシミュレーションよりも大規模なデータ収集が可能になると期待できるためである。eDFTB法に関する今後の計画の詳細は、今後の研究の推進方策の項にて述べる。
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今後の研究の推進方策 |
MAAs光熱変換過程のシミュレーションデータ収集を引き続き継続し、助成期間中の成果発表を目指す。実績の項で述べたように、実験事実を支持する無輻射脱励起が既に幾つかのシミュレーションサンプルから見出されており、データ収集を継続することで脱励起の頻度や速度を統計的に解析できるようになるものと期待される。シミュレーションに要する計算資源も既に確保しているため、データ収集を支障無く進められるものと想定している。 アンサンブル密度汎関数束縛法(eDFTB)と非断熱分子動力学シミュレーションの連携実装についても引き続き取り組んでいく。実装に要する作業はeDFTB計算が出力する電子状態間の非断熱相互作用の情報を非断熱分子動力学シミュレーションへと受け渡すスクリプトの準備と動作確認であり、先述した光熱変換のシミュレーションが一段落することで作業時間を確保できるものと考えている。動作確認の参照データには、現在先行して進めている多配置SCF法による非断熱シミュレーションの結果を活用し、多配置SCFとeDFTBを相互に活用して計画を進める予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究計画の分子シミュレーションに要するPC関連機器の価格高騰により、本年度予算の範囲内では調達できない物品が生じたため。安価なダウングレード品に替えることも検討したが、翌年度助成金と合わせることで十分な性能のものを調達できる見込みがたったため、最終的には次年度使用額にあてることとした。
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