研究課題/領域番号 |
22K05226
|
研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
大越 豊 信州大学, 学術研究院繊維学系, 教授 (40185236)
|
研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | Fiber Strength / Structure Development / ポリエチレンテレフタレート / X-ray diffraction / SPring-8 / Fibril / Microfibril |
研究実績の概要 |
本研究では、PET繊維の連続延伸工程中でのフィブリル構造形成過程を0.1msの時間分解能で測定することで、得られた繊維の熱的・力学的物性を定量的に説明し得るフィブリル状構造モデル構築を目指す。 22年度の実験では、分子量の異なるPET繊維の連続延伸過程でのUSAXS測定を行い、分子量がフィブリル構造の形成におよぼす影響に注目した。また、延伸後の繊維を熱処理し、熱処理によるフィブリル構造変化も調べた。この結果、As-spun繊維の時点で、高分子量PETのUSAXS像にはほぼ等方性の散漫散乱しか観察されないのに対して、低分子量PETでは赤道方向への散乱が明瞭に強く、散乱体が繊維軸方向に配向していることが示唆された。さらに高分子量PETのUSAXSの散漫散乱は、より高速で紡糸し、分子配向がより大きい繊維でも明瞭な配向は生じなかった。これらの結果は、複屈折(分子配向)・熱収縮率は低分子量PETで作成したAs-spun繊維の方が小さいことしたと相反している。As-spun繊維のUSAXS像で観察されたこの特異な配向に関しては、紡糸条件、特に紡糸温度の影響が考えられるため、23年度の実験で明らかにしていく予定である。 また延伸過程では、特に低速で紡糸した高分子量PETを高倍率延伸した場合、ネック変形完了直後の時点で、周期約200 nmほどに相当する層線状の回折が生じた。この回折は、熱処理によってほぼ消失する。この回折が生じる条件は、smectic相が多く形成される条件と一致し、しかもsmectic相の形成に先立って生じることが明らかである。したがって、この回折が反映する周期は、smectic相、およびそれを母体として形成されるmicrofibrilが、繊維軸に沿って周期的に形成されることを示唆している。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
以前の研究により、ネック変形から200μs後の時点で、既にフィブリル構造の形成がほぼ完了していることがわかって居た。一方、smectic相が形成されるのに要する時間はネック変形から300μsほどであり、両者の時間的前後関係が不明確だった。このため、22年度の実験では、極力ネック変形点に近い位置での測定に挑んだ。具体的には、ネック点近傍で多数の画像を取得し、そのうちネック変形に起因する傾いた全反射が観察される画像を除くことにより、ネック変形からの経過時間が100μsを超えない時間帯での画像取得に成功し、この時点でフィブリル構造が形成されていることが確かめられた。このことは、まずフィブリル構造周期が形成され、次いでsmectic相が形成されることを意味する。すなわちミクロフィブリルの母体と考えられる直径数nmのsmectic相は、200 nm程度の周期構造のうち、おそらく高密度部分に形成されているとみなせる。この成果は、この200 nm程度の周期構造が、ポリエステル繊維の構造を規定する基本単位であることを意味する。したがって、繊維強度を制約する欠陥もこのこの周期で生成するはずであり、強度設計に際して重要な知見が得られたものと考えている。 一方で、高分子量のas-spun繊維でほぼ等方性の散乱しか観察されなかったのに対し、低分子量ap-spun繊維の散乱には明瞭な異方性が観察され、この異方性散乱は延伸・熱処理によってもほとんど変化しないことが判明した。複屈折や熱収縮に差が無いにもかかわらずこの様な散乱像の差が生じる原因は、現状ではわかって居らず、今後、研究を進める必要が有る。
|
今後の研究の推進方策 |
22年度の実験では、紡糸線張力をなるべく揃えるため、低分子量PETの紡糸温度を高分子量PETよりも下げた。分子量の違うAs-spun繊維で全く異なる散乱像が生じた原因として、この紡糸温度の違いが考えられる。このため、今後はまず、紡糸温度を揃えた試料を作成し、紡糸線温度がUSAXS像に与える影響を評価する。この際、ノズルから吐出された直後の繊維も採取し、ノズル内流動の影響と、紡糸線変形の影響を分離評価する予定である。 また得られたas-spun繊維、延伸繊維、および延伸熱処理繊維の力学物性と熱物性を評価し、USAXS像から導かれるフィブリル構造との対応関係について考察する予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
学会発表用旅費を計上していたが、予定していた学会がオンライン開催になったため、使用予定額を15万円ほど下回った。この費用は23年度の学会発表用旅費に使用する予定である。
|