研究課題
本年度は、アリールアミノ基としてジメチルアクリダン基を有するジシラン架橋のD-Si-Si-A-Si-Si-D型分子を創製した(D: ジメチルアクリダン基、A: ジメチルチエノピラジン基)。この化合物はメカノクロミック発光特性を示し、結晶状態では青色発光、アモルファス状態では緑色発光を示す。また加熱(100 ℃程度)をするとアモルファス状態から結晶状態に容易に戻る。この際、発光挙動も連動して元の状態に復活する。しかし、このメカニズム-特にアモルファス状態の構造-を理解することは困難である。得られる情報としてはPXRD(粉末X線回折)による結晶成分の有無程度であり、構造と物性変化の深い考察を妨げている。ここでは、15N 標識化合物を使用せずに、固体15N 核磁気共鳴 (NMR) 分光法を使用して調査した。自然界に存在する15Nの量は0.3%程度と異常に低く、15Nで標識化しないと測定は難しいとされていた。ここでは、高性能CP/MAS NMRの装置を活用することで15Nで標識化することなく測定することに成功した。ジメチルアクリダン基のバタフライ型、平面型の2つの配座異性体の違いが15Nの化学シフトの違いによって明確に観察された。具体的には、-270 ppmはバタフライ型、-274ppmは平面型の構造に帰属できた(ニトロメタンの15Nを0 ppmとした)。この結果は、各異性体の15N NMR 化学シフトに関する量子化学計算によって裏付けられた。 本手法により、粉末サンプルをすりつぶすことで引き起こされる構造変化を明確に識別できた。この構造変化は、従来までのPXRD測定を使用して決定することは困難である。本手法はすりつぶし、加熱の前後の、構造変化、発光挙動の変化、15Nの化学シフト、量子科学計算を結びつけて説明できる有用な知見である。
2: おおむね順調に進展している
量子化学計算、CP/MS NMRの測定結果、構造変化と発光状態の変化を結びつけることができた。
2年目は中心部位の置換基としてチオフェン誘導体を導入し、結晶状態における光物性と構造について考察する。この分子には、中心部位のチオフェンを介してHOMO-LUMOの空間的重なりとエネルギー準位の差を小さくする効果を生じるので、光吸収や発光の長波長シフトが期待できる。実際に予備検討として、ビチオフェン置換基をモジュレーター分子として組み込んだ系の量子化学計算を行った。モジュレーター部位の導入で最低励起遷移は20 nm程度長波長シフトし、振動子強度f(発光効率に近似できる)も4倍近く向上する結果を得た。この分子を合成することにより、仮説が正しいか検証する。また、アクセプター、モジュレーター、ドナーを種々検討し、得られた実験結果と量子化学計算による指針を比較することで、その妥当性について考察する。
研究計画を遂行中、PXRDばかりでなく、固体15N NMR測定で構造変化を追跡できることが分かってきた。2022年度は様々な分子の15N NMRを測定し、一部成果を論文として発表した。2023年度は合成実験に注力する。
すべて 2023
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (1件)
ACS Omega
巻: 8 ページ: 12922-12927
10.1021/acsomega.3c00099
Chem. Eur. J.
巻: 29 ページ: in press
10.1002/chem.202204002
“Soft Crystals: Flexible Response Systems with High Structural Order”, Kato, M., Ishii, K. Eds. Springer, Singapore
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