研究課題/領域番号 |
22K05269
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研究機関 | 名古屋工業大学 |
研究代表者 |
橋本 忍 名古屋工業大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (10242900)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 複合炭化物 / アルミニウム珪素炭化物 / 高温保温材 / 高放射材 / 断熱材 |
研究実績の概要 |
アルミニウム珪素炭化物(以降当該複合炭化物と称する)粒子とシリカゾルを混合した新規コート材を、セラミックスファイバーボード製の蓋に表面塗布し、高温溶融したダグタイル鋳鉄を流し込んだ取り鍋にその蓋を被せて、他からは加温することなく1時間そのまま放置した。当該複合炭化物コート材の無い蓋を被せてあった鋳鉄表面は赤色を呈し、表面温度の低下が確認された。一方、当該複合炭化物のコート材を施した蓋を被せた溶融鋳鉄の表面は黄色を帯び、コート材の無い場合の表面より明らかに高温に保持されていた。コート材がダグタイル鋳鉄からの熱を一旦吸収し、再び放射熱として鋳鉄表面に返して鋳鉄を温めている(鋳鉄の温度低下を防いでいる)と考えられたが、この現象論の科学的な理由は未解明であった。本課題はこの科学的なメカニズムの解明と、その効果を利用した高温保温材の開発である。 昨年までは複合炭化物の合成実験を行い、真空下での原料の加熱よりもアルゴンガスなど不活性ガス雰囲気下で原料を加熱した場合、原料の高温ガス化による損失を減らし、より高純度な当該複合炭化物の合成が可能であることが分かった。さらに、アルミニウムチタニウム炭素系やアルミミニウムホウ素炭素系の複合炭化物の合成にも成功したが、当該複合炭化物と比べてそれらの複合炭化物の高温時に加熱された場合の放射率は高くないことが判明した。本年度は当該複合炭化物の高温高放射を発現するメカニズムの解明と、高温高放射特性の再現を目指した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該複合炭化物コート材が、高温時に高放射特性を発現する原因について、空気中での加熱による自身の呈色の変化からの解明を試みた。空気中で当該複合炭化物粉末を3時間加熱した場合、600 ℃ぐらいから黒みを帯び始め、1000 ℃では黒色化した。1200 ℃ぐらいからやや白色を帯び始めて鼠色となり1400 ℃でもねずみ色であった。しかしながら約1500 ℃に加熱されたダグタイル鋳鉄の取鍋の蓋のコート材として用いた場合、1時間経過後の蓋表面は完全に酸化されておらず、黒色を呈していた。これは共存したシリカゾルが当該複合炭化物を覆い酸化を抑制する役割を果たし、保持時間が1時間では環境場の温度の低下も起因して酸化が進行しなかったと考えられる。他にも当該複合炭化物自身の酸化により生成する粒子表面のシリカガラス相も、粒子内部の酸化を遅らせる働きをしたとみられる。赤外線分光の拡散反射スペクトルの測定結果から、合成した各複合炭化物および比較のため、現在高温放射材として利用されている炭化珪素の波長に伴う反射率を計測した結果、可視光域での波長に対する反射率は当該複合炭化物が一番低い結果となった。それは炭化珪珪素の値よりも低く炭化珪素の値の半分であった。反射率が低いことは、入射光の幅広い波長の光を即座に吸収し、引き続く放射に転ずる挙動を発現したと考えられる。 本年度はさらに、この当該複合炭化物コート材を塗布したセラミックファイバーボードを電気炉内に張り、ガスバーナー加熱した場合の炉内の温度変化を実際に測定した。600 ℃の低温域までの比較試験であるが、コート材表面付近の温度が、コート剤無しの場合の温度から約20 ℃高温状態にあることが判明した。炉内の温度とその分布、加えて対流伝熱の影響を考慮すれば、当該複合炭化物コート材を適用したことによる保温効果を詳しく再現できると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
一般的に知られている物質が加熱されることで黒色化する現象としては、木材の蒸し焼きがある。空気中の酸素を断った状態での加熱により水分や有機成分が分解して蒸発し、最後に黒色の炭素だけが残る炭化である。これは有機物の加熱に伴う現象であり、無機物質を空気中(酸素のある状態)で加熱した場合に黒色化する現象はほとんど知られていない。当該複合炭化物の場合、不活性雰囲気中の低酸素分圧下での合成直後には赤茶(橙)色であったが、空気中での再加熱により黒色化して可視光の波長域の光を全て吸収するようになる。 バンドギャップ理論からは、バンドギャップエネルギーの幅が狭くなり、すべての可視光領域の光を吸収するようになったからだと推定されたが、なぜ空気中で加熱することでバンドギャップエネルギー幅が狭くなったのか、その本質的な現象の解明にまでは至っていない。当該複合炭化物が完全に酸化分解された場合と違い、結晶学的な構造は保ちつつ、酸素の吸着または化学的に弱い吸脱着可能な新しい結合を伴う結合が行こり、その結果結晶構造内に新しいエネルギー順位が形成されて結果的にバンドギャップが狭くなり、可視光域の波長を吸収するようになったからだと考えている。 この仮説を何らかの方法、例えば酸素の分圧を変えた環境で当該複合炭化物を加熱し、単純に重量変化から酸素の出入りがあるのかを確かめることや、加熱後の試料のバンドギャップの計測、精密なX線回折による格子のひずみから酸素の固溶を確認すること、取り込まれた酸素の結晶内での結合様式が通常の酸化(シリカやアルミナ)と違うのかどうか等の確認を行いたい。
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