研究実績の概要 |
細胞は外界のストレスに対して適応することで生存しており、たとえば酸化ストレスに対しては抗酸化酵素群の誘導が起こる。しかし興味深いことに、熱処理した酵母が酸化ストレス耐性を獲得するという現象が報告され、この現象は「交差耐性」と呼ばれている。本課題ではこれまでに、RGM1細胞(ラット胃粘膜上皮由来)をallyl isothiocyanate (AITC、ワサビ辛味成分)で前処理すると酸性pHストレス(pH 4.6)による細胞毒性に対する耐性を賦与することを見出している。今年度はまず塩基性ストレスに対しても耐性を示すか評価した。RGM1細胞をAITC(0, 2.5, 5, 10, 15 μM)で1 hr前処理後、pH 7.4あるいは9.8の培地中で1 hr培養した。その後、いずれの群もpH 7.4の培地中で24 h培養したところ、溶媒のみで前処理した場合は生存率が約40%に低下した一方でAITC(2.5-15 μM)では生存率が5-45%であり有意な細胞保護効果は認められなかった。次に、低pHストレスに対する耐性賦与機構を解明のするため、pH調節に関わるcarbonic anhydrase(CA, 炭酸脱水酵素)に着目した。RGM1細胞をAITC(25 μM)で6 h処理し、total RNAを回収し、CA-1, 3, 5, 6, 7, 9, および12のmRNA発現をリアルタイムRT-PCRで解析した。その結果、CA-3(5.7倍), CA-7(6.3倍)およびCA-9(4.2倍)の発現が有意に増加した。次に、RGM1細胞をAITC(0, 10, 25 μM)で1 hr前処理後、pH 4.6の培地に置換した。1 h後、いずれの培地もpH 4.6であった。24 h後もpHを測定したが、いずれもpH 7.4でありAITCの前処理によりpHが変動することはなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
AITCによって発現増加するcarbonic anhydrase (CA-3, CA-7, CA-9)見出したことは意義深いと考えている。また、pHストレスに関して、酸性pHストレス選択的に耐性を示す現象も興味深いと捉えている。本研究では胃粘膜細胞を使っているので、酸性pHストレスは胃潰瘍などのモデルとも考えられることができ、AITCが耐性を示したことは応用面からも重要である。pHストレス耐性を示す物質のさらなる究明は今年度に開始することはできなかったが、現在、スタートしており、今年度には知見が蓄積すると想定している。
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今後の研究の推進方策 |
報告者が知り限り、ファイトケミカルがCAの発現を増加することを見出したのはこれが最初の例である。AITCがCA-3, 7, 9の発現を増加させたメカニズムは依然として不明である。しかし、CA-9の転写因子がhypoxia-inducible factor-1 (HIF-1) であると報告されていること(1)、HIF-1の上流に transient receptor potential vanilloid 1 (TRPV1)が存在すること(2)、およびAITCの受容体がTRPV1であること(3)を考慮し、TRPV1/HIF-1/CAのシグナル伝達経路が関与するかどうかを検討する必要がある。また、AITCよって培地のpHに変動はなかった一方で、CA-7などは細胞質で作用することから細胞内pHに対するAITCの影響も解析する予定である。さらに、pHストレス耐性を示す物質がAITCに限定されるのか、他にも例があるのかを評価するために幅広い天然物化合物スクリーニングを実施する計画である。
参考文献:(1) Wykoff CC, et al. Cancer Res. 2000 Dec 15;60(24):7075-83. PMID: 11156414. (2) Ristoiu V, et al. Pain. 2011 Apr;152(4):936-945. PMID: 21376466. (3) Mori N, et al. Biosci Biotechnol Biochem. 2018 Apr;82(4):698-708. PMID: 29207921.
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