研究課題
極長鎖脂肪酸の溶解法を開発し、C20~C26までの極長鎖脂肪酸のペルオキシソーム欠損チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞に対する細胞毒性を検討した。その結果、C26:0やC26:1などの長い極長鎖脂肪酸の方がC20:0やC20:1などの短いものより低い細胞内蓄積量で毒性を示すことがわかった。例えば、C26:0はその蓄積量が総脂肪酸の8%に達すると毒性を示すが、C22:0の毒性発現には総脂肪酸の28%蓄積を要する。また、調べたいずれの極長鎖脂肪酸も、毒性レベルにまで蓄積させると、細胞脂質のC18:1(オレイン酸)が減少することがわかった。このとき、C18:1を細胞外から補うと、細胞死が回避された。LC-MS/MSを用いたリピドミクス解析からは、極長鎖脂肪酸による細胞死およびC18:1補充による細胞死回避のパターンと連動する分子種は1位、2位ともにC18:1を有する18:1/18:1タイプのリン脂質であることが判明した。以上より、極長鎖脂肪酸が膜に蓄積すると何等かの理由で、C18:1の生合成が低下し、膜リン脂質の18:1/18:1分子種が減少するが、C18:1補充によりこれを回復させると、極長鎖脂肪酸による毒性が緩和されると推測される。ペルオキシソーム病の一種の副腎白質ジストロフィー患者が呈する脱髄などの神経変性はC26:0などの飽和型極長鎖脂肪酸の蓄積が原因と考えられている。この飽和型極長鎖脂肪酸の生合成を抑制することで脱髄の発症や進行が阻止できるとの仮説に基づき、ある種のオイルが患者に経口投与された歴史がある。今回の研究結果はこのとき利用された油脂(ロレンツォの油:C18:1とC22:1の4:1混合物)成分のうち、C18:1は有効に作用する可能性を示唆する。一方、C22:1は無効か、それ自体が毒性を示す可能性を示唆する。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究の立案当初は、C26:0などの鎖長の長い極長鎖脂肪酸の毒性が見られなかったが、その後の実験で、高濃度かつ長時間インキュベートすれば、このタイプの極長鎖脂肪酸が細胞内に蓄積し、細胞死が起こることがわかった。この気付きにより、ペルオキシソーム病患者で蓄積するC26:0やC26:1はペルオキシソーム欠損細胞に対して、低蓄積量で毒性を示すことが明らかとなり、これらを蓄積したペルオキシソーム病の病態モデル細胞が得られた。このモデル細胞の解析から、細胞死を回避する手段がオレイン酸の補充であることが判明した。ここから、「低蓄積量で膜ストレスを惹起する極長鎖脂肪酸、小胞体ストレスによる細胞死、および、膜のひずみを矯正し、小胞体ストレスを緩和するオレイン酸」という仮説が得られた。当初の計画は、ペルオキシソーム病の病理解明に留まっていたが、この研究展開により、病理解明だけでなく、脱髄の発症予防や進行阻止を見据えた研究も立案できる段階になった。
極長鎖脂肪酸の蓄積と共に、細胞脂質のC18:1が減少する。この減少が細胞死を引き起こし、C18:1の補充により、細胞死は回避される。この細胞死と細胞生存の機序の解明に向けた実験を行う。重水素標識したC16:0とLC-MS/MSを用いた解析から、C18:1生合成におよぼす極長鎖脂肪酸の影響を調べる。また、不飽和酵素阻害剤が極長鎖脂肪酸に対する毒性を増強するかどうか、などの実験からC18:1の重要性を調べる。ペルオキシソーム患者が呈する脱髄モデルの構築を目指す。さしあたっての障壁は極長鎖脂肪酸毒性を調べるにはペルオキシソームを欠損させた細胞が必要なことである。現在、手近にペルオキシソームを欠損した神経細胞株はない。最近、副腎白質ジストロフィー患者血中には、極長鎖脂肪酸含有リゾホスファチジルコリン(LPC)が存在し、その血中濃度が高精度の疾患マーカーになることが明らかにされた。我々のペルオキシソーム欠損CHO細胞を用いた実験でも、極長鎖脂肪酸含有LPCの蓄積が観察された。この極長鎖脂肪酸含有LPCは野生型CHO細胞に対しても毒性を示すことがわかった。そこで、PC-12神経細胞およびIFRS1シュワン細胞に対する極長鎖脂肪酸含有LPCの毒性を調べる。これらの神経組織由来細胞は共培養によって髄鞘様の構造をとる。そこで、より臨床症状に近い髄鞘モデル細胞系を構築し、髄鞘形成やその維持における極長鎖脂肪酸含有LPCの効果を調べ、C18:1の細胞生存や脱髄阻止効果を調べる。
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