研究課題
ヒトを含むほとんどの哺乳類は非冬眠性動物であり、低温環境に長時間暴露されると細胞や組織は傷害され、最終的に死に至る。一方で、ジリスやハムスターなどの冬眠性動物は、低温耐性を持つことが知られている。しかし、その分子メカニズムの詳細は不明な点が多く残っている。本研究では、細胞内で生成される硫黄代謝物(活性硫黄分子種)によるレドックスシグナル制御機構およびミトコンドリアエネルギー代謝機構(硫黄呼吸)の低温環境下における役割を解析する。活性硫黄分子種は非常に高い反応性を持ち不安定な物質であるため、そのままの状態で特異的かつ高感度に検出することは非常に困難である。我々はこれまでに、活性硫黄分子分解抑制効果を持つ新規アルキル化試薬(N-iodoacetyl L-tyrosine methyl ester, TME-IAM)を用いて活性硫黄分子を安定な誘導体へと変換した後、質量分析装置にて検出する絶対定量系を構築してきた。当該年度は、誘導プラズマ発光分析法および質量分析装置を用いた、総硫黄量およびトータル活性硫黄量の定量的に解析する系を構築し、低温暴露による細胞内活性硫黄分子プロファイルへの影響を解析した。その結果、ヒト細胞では低温暴露時間依存的にトータル活性硫黄量が減少する一方で、冬眠生哺乳動物シリアンハムスター由来細胞では低温暴露後に一過性にトータル活性硫黄量が上昇することを見出した。これらの結果は、シリアンハムスター細胞における低温耐性機構に活性硫黄分子および、その下流レドックスシグナル経路が関与している可能性を示唆している。
2: おおむね順調に進展している
誘導プラズマ発光分析法を用いた総硫黄量の定量系および、質量分析装置を用いたトータル活性硫黄量の定量的解析系を新たに構築し、生体試料の活性硫黄分子プロファイルを行うことが可能となった。当該年度では、研究実施計画に沿って、低温暴露ヒト細胞およびシリアンハムスター細胞内における活性硫黄分子プロファイルについて解析した。その結果、低温暴露に細胞内活性硫黄分子プロファイルへの影響が、ヒト細胞とシリアンハムスター細胞とで異なることが明らかになった。すなわち、シリアンハムスター細胞内において確認された、低温暴露後の一過性の活性硫黄分子生成レベルの上昇は低温環境適応に寄与している可能性が示唆された。また、筆者らが独自に開発した新規アルキル化試薬TME-IAMおよび質量分析装置を用いた活性硫黄分子の網羅的探索系の開発に成功し、現在、細胞内活性硫黄分子の網羅的探索に取り組んでいる。
今年度の解析により、ヒト細胞とシリアンハムスター細胞とで低温暴露による細胞内活性硫黄分子代謝への影響が異なることが分かった。今後は、新たに構築した活性硫黄分子の網羅的探索系を用いて、ヒト細胞とシリアンハムスター細胞それぞれで低温暴露によって変化する活性硫黄分子の探索を試みる。併せて、TME-IAMを用いた絶対定量系にて活性硫黄メタボライト量の変化を定量的に評価する。また、すでに作製に成功した抗TME-IAM標識タンパク質抗体および質量分析装置を用いて、タンパク質ポリスルフィドの検出・同定を試みる。とともに、その下流レドックスシグナル機構の詳細な解析を行う。これらの解析を行うことによって、低温耐性機構における活性硫黄分子の機能の解明を目指す。
次年度使用額が生じた理由:予定よりも少ない物品費で研究を効率よく遂行することができたため。使用計画:当該研究の遂行に必須の試薬は研究室で合成を行う必要があるので、それらの調製のための物品に計上する予定である。
すべて 2023 2022 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (22件) (うち国際学会 13件、 招待講演 3件) 備考 (1件)
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