研究課題/領域番号 |
22K06160
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
三野 広幸 名古屋大学, 理学研究科, 准教授 (70300902)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | EPR / 光合成 / 酸素発生 / マンガンクラスター / 電子移動 / ESR |
研究実績の概要 |
光合成酸素発生反応は光化学系Ⅱタンパク質のマンガンクラスターで行われる。反応中間状態の分子構造はX線結晶構造解析により構造が解明されつつあるが、分子構造の解明だけでは酸素発生メカニズムは解明できない。現在の反応モデルの中心となっている量子化学計算では、プロトン1つの配置の違いで全く異なる電子状態、化学状態を導いてしまう。本申請研究では、磁気構造解析の結果と組み合わせることによりマンガンクラスターの分子構造、プロトン状態、電子状態の三者を統合する。本研究はマンガンクラスターの高酸化中間状態S2、S3の電子状態を電子スピン共鳴(ESR)により解析し、基質酸素原子の取り込み過程を解明することを目的としている。 S2中間状態には構造異性体が存在する.低スピン状態(g=2)と高スピン状態(g=4)としてEPRで検出される信号に相当する。量子化学計算から、3つのマンガンと4つのマンガン1つのCaの立方体が開いたopen-cubaneと立方体が閉じたclosed-cubaneと呼ばれる分子構造が提唱されている。しかし、自由電子レーザーによる構造解析では今のところclosed-cubane構造は観測されておらず、機能と構造両面においてまだ謎となっている。最近では、open-cubane構造と主張する計算結果も報告されている。 また、申請者は別の高スピン状態(g=5)を発見しており、これらの高スピン状態の構造と機能との役割を明らかにするのが本研究の目標である。 本年度はQM/MM計算(共同研究)によりg=4状態がclosed-cubane構造であることを明らかにした。 またQ-bandパルスEPRを用いてg=4とg=5の測定に成功した。これは当初期待していなかった結果であり、進展が期待できるため今後の研究の中心とする。g=4についての実験結果は論文として投稿中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
マンガンクラスターが不安定な非対称構造をとっている理由はクラスター内の2つのマンガン原子(Mn1とMn4)の距離が長いためである。このため、異性体構造モデルの存在が量子化学計算により提唱されてきた。g=4信号はopen-cubaneと呼ばれる分子構造とされている。しかし自由電子レーザーによる構造解析ではclosed-cubane構造は観測されていない。そのためプロトンの条件などを変更した新たな量子化学計算モデルでは、open-cubane構造との主張がある。しかし、結晶構造にそもそもg=4は含まれていないため議論に矛盾がおこっている。量子化学計算の検証はESRでの実験結果との比較が最重要である。本年度は共同研究によりQM/MM計算(共同研究)によってg=4状態がclosed-cubane構造であることがもっとも実験をよく説明することを明らかにした。この状態は従来強く主張されているマンガンクラスター周辺のプロトン配置とは異なるものであり、g=4構造のみならず、量子化学計算を用いたクラスターの構造研究全般への再検討が必要なことを示唆している。今年度以降の研究計画の基礎となる結果を得たものと考えている。またパルスEPR法による成果は当初計画以上の進展といってもよい。しかし、当初の計画を変更している観点から、トータルの評価としては“おおむね順調”とした。
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今後の研究の推進方策 |
マンガンクラスターのS2中間状態には複数の異性体構造由来のEPR信号が観測されることがわかっている(g=2マルチライン,g=4,g=5, g=10信号)。g=2マルチライン信号の研究は膨大な数行われておりマンガンクラスター研究の中心となっているのに対しg=4信号についてのこれまでの研究は限られている。これはパルスEPRによる研究の有無によっている。g=4についてのパルスEPRを用いた測定はこれまでX-bandで1例報告されているが、背景信号の重なりや緩和時間の短さなどの条件によって測定が難しいため、それ以後の研究の進展はなかった。本年度、Q-bandパルスEPRを用いてg=4の測定に成功した。Q-bandにおいてもパルスEPR測定は困難であると想像されていたため、当初はあまり期待していなかった試みであったが、実際に測定を試みて検討したところ、十分測定可能であり、有用な情報を導ける可能性があることがわかった。Q-bandパルスEPR法による高スピン状態の研究は進展が期待できるため今後の優先課題として研究していく。
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