研究課題/領域番号 |
22K06198
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
細金 正樹 東北大学, 医学系研究科, 助教 (30734347)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | リボソーム / 翻訳制御 / 小胞体 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は発生段階における翻訳制御の多様性に注目し、翻訳調節への意義、その構成と構造、生じるメカニズムを明らかにすることである。我々が申請時に予定していたリボソーム構成因子RPS6の研究は、本年度の結果に基づき研究計画の変更が必要となった。そこで、複数の翻訳関連遺伝子の様々なマウス組織での遺伝子発現を再解析し、RPS6よりも顕著な組織特異的発現を示す機能未知のEef1d小型バリアント間の機能差の探索を行った。その結果、リボソームの翻訳伸長因子Eef1dが小胞体(ER)膜上のKtn1タンパク質を介して小胞体に局在すること、このEef1dとKtn1のER膜上での結合が組織特異的スプライシングにより制御されることを当該年度の実験で明らかにした。細胞内の適切な場所でタンパク質翻訳されることは重要であり、例えば、受容体や分泌タンパク質をコードするmRNAはERに移行し翻訳伸長して、ER膜への挿入や適切な翻訳後修飾を受ける。そして翻訳の場で、翻訳伸長反応が円滑に進まないとmRNA上で翻訳中のリボソームが停滞する。そのような翻訳の不調は、異常タンパク質の蓄積や細胞のストレス応答を誘発し、結果として疾患発症の原因になると考えられる。細胞内の異なる場で翻訳を円滑に進めるためには、リボソームに加えて翻訳伸長に必須な翻訳制御因子を翻訳の場に適切に供給することが必要であるが、その詳細なメカニズムは明らかではない。ERでの翻訳と細胞質での翻訳においてEef1dは必須分子である事実を考えると、我々の発見は細胞内局所の翻訳伸長を制御する新しいタンパク質翻訳制御システムを表していると期待される。次年度ではこれらの「Eef1d-Ktn1-ER axis: 翻訳伸長因子のERと細胞質間での局在制御の知見」を発展させ、Eef1d-Ktn1-ER axisがタンパク質翻訳制御に与える影響について調べる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
我々は、ウエスタンブロットによるタンパク質発現解析を行い、マウス胎仔肝臓の発生後期から出生直後にかけてリボソーム構成因子RPS6やRPL8タンパク質の発現が激減し、マウスが成長するとその発現が回復することを見出した。そこで、本研究課題の最初の実験として、胎仔肝臓のリボソームの構成と構造の全容解明のために、質量分析で胎仔と成体の肝臓の精製リボソーム中の全リボソームタンパク質を定量解析した。その結果、質量分析レベルでは残念ながらRPS6やRPL8の発現減少は観察されず、当初の観察結果がウエスタンブロットサンプルの調整方法や抗体の特異性の問題が原因のアーティファクトである可能性が考えられた。そのため、申請時はRPS6のリボソームヘテロジェネイティに着目した解析を予定していたが、計画を変更し、より顕著な組織間での発現変化が観察できる他の因子の解析に移行することにした。 そこで、我々は新たな候補分子としてtRNA運搬分子Eef1aの制御因子Eef1dタンパク質に着目した。Eef1dには選択的スプライシングによって少なくとも3つの小型バリアントと1つの神経・精巣特異的な大型バリアントが存在するが、特に小型バリアント間の機能差が解明されていなかった。我々はEef1dの組織特異的小型バリアント間の機能差として小胞体(ER)上のKtn1タンパク質との相互作用の差を見出し、顕微鏡観察によって小型バリアントにはER局在型と細胞質局在型が存在することを明らかにした。これらの知見は、申請時に予期したものではなかったが、ERと細胞質という異なる翻訳の場に翻訳伸長因子やtRNAを供給するメカニズムと、翻訳因子の組織特異的バリアントの発現がそれをコントロールしていることを実例として示すことが期待され、世界を驚かす独創的な研究成果になると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
我々のデータは、細胞がKtn1とEef1dの相互作用を調節して、Eef1dの細胞質局在またはER局在を選択していること(Eef1d-Ktn1-ER axis)を示している。現時点での新たな重要課題はEef1d-Ktn1-ER axisによる制御が翻訳に与える影響を具体的に示すことである。翻訳への影響を観察する重要な実験方法にリボソームプロファイル法がある。この手法では、遺伝子ごとの翻訳の影響を観察できるので、細胞質で翻訳される遺伝子とERで翻訳される遺伝子を見分けて解析することが可能となる。一方で、リボソームの精製精度によって得られる翻訳情報が変化するため難易度の高い実験手法としても知られている。そのため、円滑なリボソームプロファイル解析を行うために豊富な解析経験をもつ国内の翻訳研究の専門家との共同研究を開始した。今後はリボソーム内部に含まれるmRNA(RPF)を次世代シーケンサーで解読し、開始コドンから終止コドンまでのmRNA領域でリボソームの位置を塩基単位で同定する。得られた大規模データを遺伝子機能とシグナルペプチドの有無で遺伝子をER翻訳型と細胞質翻訳型にクラス分類し、Ktn1結合型Eef1d(ER局在)、Ktn1非結合型Eef1d(細胞質局在)のみを発現する細胞株でどのようなクラスの遺伝子に翻訳の影響がでるか網羅解析を行う。 また、Eef1dはリボソームへのtRNAの供給に関わる分子であることから、観察される翻訳への影響はtRNAの供給やアミノアシル化レベルの調節を介する可能性が高い。そこで、APEX2融合タンパク質を利用した細胞内近位ビオチン化法をEef1d, Ktn1, tRNAやtRNAアミノアシル化酵素に適用し、これらの分子の活性や細胞内局在解析を行う。この解析ではtRNAノーザンブロットやtRNA-sequenceでのデータ取得を想定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究の目的は発生段階における翻訳制御の多様性に注目し、翻訳調節への意義、その構成と構造、生じるメカニズムを明らかにすることである。我々が申請時に予定していたリボソーム構成因子RPS6の研究は、本年度の結果に基づき研究計画の変更が必要となった。そのため当初の計画にあったクライオEMをとりやめたため次年度使用額が生じた。当該年度の研究の結果、新たに小胞体上のタンパク質と翻訳制御の関係を見出したので、その意義を調べるために、本年度の差額を次年度繰越金として利用してリボソームプロファイル法などを行うこととする。
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