研究課題/領域番号 |
22K06212
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研究機関 | 長浜バイオ大学 |
研究代表者 |
向 由起夫 長浜バイオ大学, バイオサイエンス学部, 教授 (60252615)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | ポリリン酸 / 細胞寿命 / 細胞増殖 / 液胞 / 細胞質 |
研究実績の概要 |
無機リン酸のポリマーであるポリリン酸は、そのほとんどが細胞内のオルガネラである液胞膜上のVTC複合体により合成され、液胞内に蓄積される。これまでに、出芽酵母においてポリリン酸を高度に蓄積させると、分裂寿命(1個の細胞が死ぬまでに分裂する回数)が短くなることを見出している。さらに(液胞外の)細胞質ポリリン酸を増加させると、分裂寿命が短くなることに加えて、細胞増殖が遅くなったことから、細胞質ポリリン酸の増加が細胞機能に障害を与えると考えられた。本研究課題では、細胞質のポリリン酸がこれらの細胞機能に障害を与える作用機序を解明することを目的とした。本研究の成果から、ポリリン酸の新しい生理機能を明らかにするとともに、ポリリン酸がなぜ液胞に隔離されているのかを理解することが期待できる。 細胞質ポリリン酸を増加させるために出芽酵母で大腸菌ポリリン酸キナーゼEcppk1遺伝子を発現させると、分裂寿命が短くなり、細胞増殖が遅くなった。2023年度は、細胞質ポリリン酸の増加による細胞機能障害の原因を知るために、Ecppk1発現株の増殖遅延を抑圧する遺伝子を多コピープラスミドライブラリーから分離した。この多コピー抑圧因子としてポリリン酸ホスファターゼDDP1遺伝子を分離し、この遺伝子が分裂寿命に関与することを新たに示した。また、ポリリン酸を高蓄積する株が酸化ストレスや金属ストレスに感受性となることを見出した。出芽酵母と同様に有限寿命をもつヒト胎児肺由来 WI-38細胞を継代培養し、段階的な老化細胞を取得した。国際学会を含む3件の学会発表に加え、これまでに得られた知見をまとめて国際学術雑誌に発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
細胞質ポリリン酸を増加させるために大腸菌ポリリン酸キナーゼEcppk1遺伝子を酵母で発現させると、分裂寿命が著しく短くなり、細胞増殖が遅くなった。本研究課題では、次の3つの研究計画について修正を加えながら実施した。 A. 細胞質ポリリン酸の増加による短寿命あるいは増殖遅延の原因の探索: Ecppk1発現株の増殖遅延を多コピー化により抑圧する遺伝子を分離したところ、ポリリン酸ホスファターゼをコードするDDP1遺伝子を新しく同定した。Ecppk1発現株(短寿命)でDDP1を高発現させると分裂寿命が回復した。Ecppk1発現株のトランスクリプトーム解析ではアルギニンやヒスチジンなどのアミノ酸合成酵素遺伝子の転写が上昇していたが、メタボローム解析ではアミノ酸量の顕著な増減は観察されなかった。また、塩基とヌクレオシドが増加し、ヌクレオシド一リン酸および二リン酸が減少していた。補酵素A(CoA)やカルノシンが顕著に減少していた。CoAに加えてアセチルCoAも減少していたが、TCA回路の低下はみられなかった。さらに、VTCの高発現によりポリリン酸を高蓄積する株において酸化ストレスや金属ストレスに感受性となっていた。 B. 細胞質ポリリン酸の増加量の検証: 細胞機能障害を示す株における細胞質ポリリン酸の増加量を確認する方法として、免疫電子顕微鏡観察以外の方法を調査・検討した。核酸の観察に用いられるDAPI染色法において、ポリリン酸に特異的な波長を用いた蛍光顕微鏡観察により細胞内のポリリン酸を検出する方法を得た。 C. ヒト細胞におけるポリリン酸増加による細胞機能障害の検証: ヒトの老化細胞におけるポリリン酸量を測定するために、有限寿命をもつヒト胎児肺由来WI-38細胞を継代培養することにより分裂寿命(細胞集団倍化数 PDL)を確認するとともに、段階的な老化細胞を取得した。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の最終年度に向けて、次のような方策を計画している。 A. 細胞質ポリリン酸の増加による短寿命あるいは増殖遅延の原因の探索: 細胞質ポリリン酸を増加させるためのEcppk1発現系として、2023年度は、Ecppk1遺伝子をガラクトース誘導型プロモーター下流に連結し、多コピープラスミドを用いて酵母に導入していたが、多コピー抑圧因子を探索するときに表現型が安定しなかった。この問題を解決するために、2024年度は、ガラクトース誘導型Ecppk1遺伝子をゲノム上に組み込んだ発現系に変更し、再度多コピー抑圧因子の分離を試みる。 Ecppk1発現株のメタボローム解析で顕著に減少していたカルノシン(β-アラニンとヒスチジンからなるジペプチド)について検討する。カルノシンは抗酸化物質なので、Ecppk1発現株が酸化ストレスに感受性であることを確認する。また、リン酸化ヌクレオシドの減少(あるいは塩基の増加)が細胞質ポリリン酸の増加と関係するのかどうかも検討する。 B. 細胞質ポリリン酸の増加量の検証: DAPI染色法を改良した蛍光顕微鏡観察により細胞内のポリリン酸を検出する。細胞質のポリリン酸の検出力を高めるために、液胞ポリリン酸ポリメラーゼVTC4遺伝子破壊株を用いて液胞のポリリン酸の影響を除く。また、間接蛍光標識法のためのポリリン酸検出プローブ(大腸菌ポリリン酸ホスファターゼのポリリン酸結合領域)を大腸菌で可溶化することが困難であったが、封入体リフォールディングキットを利用して可溶化を試みる。 C. ヒト細胞におけるポリリン酸増加による細胞機能障害の検証: 有限寿命をもつヒトWI-38細胞における段階的な老化細胞について、出芽酵母でのポリリン酸定量法が適用可能かどうかを検討し、老化に伴うポリリン酸の蓄積状況を調べる。
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